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や行   

八代亜紀(歌手) ‐八代市出身

 昭和25年8月29日生まれ 本名:増田 明子
 中学卒業後、産交バスのバスガイドを経て、八代市のクラブで専属歌手に。
 昭和41年に上京して新橋、銀座などでクラブ歌手となり、21歳の時テイチクからデビューするが売れず、47年日本テレビ「全国歌謡選手権」に出場し、優勝。この優勝を機に48年再デビューの「なみだ恋」が有線放送でヒットし、スター歌手に。
 その後、「ともしび」「もう一度逢いたい」「恋歌」「舟唄」「雨の慕情」などを次々とヒットさせ、演歌の女王の地位 を築いた。
 出身地である八代から芸名を付けたことは有名。

●山木秀夫

 1952年生まれ
 父の影響で幼稚園の頃からジャズとタンゴに親しむ。中学1年でドラムを購入。バンドを組み、ビートルズやストーンズ等を演奏する。16才の時に沖縄へ渡る。当時沖縄はアメリカ領で、クラブもたくさんあり、基地のFM局のDJでドラムを叩くアメリカ人がマネージャー役を買って出て多くの仕事をする。
 74年に市川秀男に出会い、そのままトリオに入団して上京。土岐英史、益田幹夫、八木正生、佐藤允彦、山本剛らの多くのミュージシャンとの共演を経て78年、清水靖晃、笹路正徳、土方隆行らと「マライヤ」を結成。
 80年には佐藤允彦の「メディカル シュガー バンク」に参加と同時期に和田アキラ、富倉安生、深町純の「KEEP」に参加。
 81年には、「渡辺香津美バンド」に参加。
 84年にワールド・ドラマーズ・ミーティングに参加し、ビル・ブラッフォード、ビリー・コブハム、スティーブ・ガッド、ハービー・メイソン等と共演。
 85年、井上鑑とユニットを組み、ビル・ブラッフォード、ジョン・ギブリン等とロンドンでレコーディング、日本にてライブを行う。
 同85年吉田美奈子のセッションに参加したのがキッカケで近藤等則に出会い近藤の「IMA」に参加し、近藤も山木秀夫のバンド「テンテレツク」にお互い参加する。それから近藤「IMA」で10年間にわたり度々ヨーロッパをツアーする。 その他、アート・リンゼイ、ジョン・ゾーン、坂本龍一、細野晴臣、デビット・シルビアン、、、、など、あらゆるアーティストと共演。

山下泰裕(元 柔道選手) ‐上益城郡矢部町出身

 昭和32年6月1日生まれ
 小学校3年から柔道を始め、中学1年で黒帯、高校2年で東海大相模高に移り柔道界のエースとして期待される。
 昭和52年東海大2年の時、史上最年少(19歳)で全日本チャンピオンに。
 その後全日本選手権9連覇、世界柔道選手権は、4タイトルを取り、1984年ロス五輪では無差別 級で金メダリストに輝き、「世界の山下」として柔道界に君臨した。
 6段に昇段し、59年10月アマチュアスポーツ選手として初の国民栄誉賞を受賞。
 60年6月、203勝の偉大な記録を残して引退した。

●行定勲(映画監督)

 昭和44年8月3日生まれ
 専門学校在学中より制作会社に入社。テレビ界の巨匠・鴨下信一や 大山勝美のもと助監督としてつく。
 その後フリーとなり、映画、ドラマ、CM、ビデオクリップ等あらゆる映像媒体で監督・演出助手として経験を積む。
 また、ハル・ハートリーなど海外の監督作品や、岩井俊二監督の「Love Letter」(95年)「スワロウテイル」(96年)「四月物語」(98年)など多数の作品にも参加経験を持つ。
 映画「OPEN HOUSE」(2001年現在未公開)で初監督後、「ひまわり」(00年)「閉じる日」(00年)「贅沢な骨」(01年)の監督を務める。
 「ひまわり」では2000年度釜山国際映画祭・国際批評家連盟賞を受賞。演出力のある新鋭として注目された。
 さらに窪塚洋介主演・宮藤官九郎脚本の話題作「GO」 の監督に抜擢され、各映画賞を総なめ。 大きな注目を浴びた。 
 04年 片山恭一氏原作の映画「世界の中心で、愛をさけぶ」を監督し、空前の大ヒット。日本中を感動と涙に包んだ。

●葉祥明(画家・絵本作家) -熊本市出身

 昭和21年7月7日生まれ
 昭和45年、ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグに留学、油絵を学ぶ。
 47年、はじめての絵本『ぼくのべんちにしろいとり』(至光社)を出版、イギリス、フランス、スウェーデンで発刊。主人公JAKEはオリジナルキャラクターとしてぬ いぐるみ、タオル、マグカップ、ビデオ、CDなど商品化され、人気者となっている。
 平成2年、創作絵本『風とひょう』イタリア・ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞受賞。イギリス・アン王女に原画進呈。
 3年、北鎌倉に「葉祥明美術館」開館。郵政省“かもめーる”の挿絵を作成。ニューヨークにて個展。
 4年、郵政省ふみの日記念切手にJAKEが採用。「ぼくのあおいほし」ニューヨークメトロポリタンミュージアムライブラリーに収蔵。「風とひょう」ドイツ・ミュンヘン児童図書館恒久展示、フランス・ヴィレウルヴァンヌ市図書館に収蔵。ユニセフのクリスマスカード製作。
  5年、郵政省ふみの日記念切手に「木陰のJAKE」が採用。「いまもどこかで」ほか2冊がフランス国内各地の市立児童図書館に収蔵。
  7年、“世界の絵本作家ヨーロッパ巡回展”に出品要請があり、そのカタログの表紙を飾る。
  8年、「イルカの星」第31回日本造本装幀コンクール展入賞。ユニセフのポストカード製作。「地雷ではなく花をください」で“難民を助ける会”に協力。「続・・・」「続々・・・」「ありがとう」あわせて4部作の売り上げ50万部突破。世界中の地雷がなくなる日まで、この絵本は売り続けられる。
  9年、東京・自由が丘にミュージアムショップJAKE HOUSE がオープン。「イルカの星」北海道けんぶち絵本の里大賞受賞。「地雷ではなく花をください」日本絵本賞読者賞受賞。「ひかりの世界」日本造本装幀コンクール展児童書・絵本部門入賞。“世界の絵本作家巡回展”の表紙絵を飾る。
  10年、郵政省“わたしの愛唱歌シリーズ”記念切手に採用。
  11年、「JAKEの森が海をつくる」北海道けんぶち絵本の里びばからす賞受賞。郵政はーとめーる」製作。
  12年、「星空のシロ」北海道けんぶち絵本の里びばからす賞受賞。

    葉祥明美術館

●横井小楠(故人) ‐熊本市内坪井出身

 文化6年(1809)に、肥後藩士横井時直の次男として生まれる。
 保守的な考えの強かった熊本での冷遇とは反対に、福井藩の明道館校長にも任ぜられ、松平春岳の政治顧問としても重視され、藩政改革にあたる。
 文久2年(1862)、松平春岳が幕府政治総裁となり、小楠も松平春岳の要望に応え「国是7カ条」(後述)を作成するなどし、幕政改革にも参画した。
 明治元年(1868)には上京し、維新政府の参与に任ぜられ、活躍が期待されたが、明治2年(1869)正月、京都で攘夷論者の凶刃に倒れた。

●横田努(競輪選手)

 昭和47年4月13日生まれ
 69期生・S級1班

吉崎観音(漫画家・イラストレーター・キャラクターデザイナー)

 昭和46年12月2日生まれ
 多数のコミック誌やゲームデザインなどで活躍中の漫画家。
 高校時代に週刊少年サンデーに持ち込みを始め、デビュー。
 克・亜樹氏のアシスタントを経て、ファンロード、コミックコンプティーク、コミックニュータイプ、コミックゲーメスト、ゲーメスト、TECHサターン、少年ガンガン、少年エース誌上などで活躍。
 代表作に「ケロロ軍曹」「メロン★サーガ」「ドラゴンクエストモンスターズ+」「出たな!ツインビー」「宇宙X兵衛完全版」「アーケードゲーマーふぶきORIGINAL」「FANTA&SWEAT 」「VS騎士ラムネ&40炎」「護衛神エイト」などがある。
 無類のゲーム&プラモ(特にガンプラには目がない)好き。

●米沢嘉博(コミケット創立者)

 1953年3月21日生まれ
 明治大学在学中よりマンガ、SFなどのサークル活動に入り、第一回目よりコミケットの創立に関わり、79年よりコミケット準備会代表を務める。また、75年よりマンガ評論、書評、音楽評などサブカルチャー中心のライター、編集者となり、80年に「戦後少女マンガ史」「戦後SFマンガ史」「戦後ギャグマンガ史」(新評社)を刊行。マンガ評論家として活動。 編著として「マンガ批評宣言」(亜紀書房) 「コミケットグラフィティ」(朝日出版) 、共著に「マンガ伝」(平凡社) 「2B弾銀玉戦争の日々」(新評社)などがあり、最近ではヴィジュアルムック「別 冊太陽」(平凡社) で企画構成、著の「少女マンガの世界」1,2「乱歩の時代」を手がけた。同誌で現在「少年マンガの世界」を執筆製作中。別 のペンネームで、「同人誌大百科」「同人誌ハンドブック」などのムックや入門書も手がける他、ミステリー評、マンガ評などを雑誌や新聞に連載している。 妻あり、子供3人。趣味、映画(SF、ホラー、カルトetc.)、ロック、(60年代ポップスからガレージ、パンク、モンド)、釣り、カストリ・風俗雑誌収集、などなど多数。

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