た行
●大地康雄(俳優) -熊本市出身
昭和26年11月25日生まれ 本名:下地 常雄
高校卒業後、集団就職で上京。のち俳優を志し伊藤雄之助の付き人になる。
2年後渡米しニューヨークの俳優学校アクターズスクールで1年半個人レッスンを受ける。
昭和54年松竹映画「衝動殺人・息子よ」に殺人犯役で映画デビュー。58年TVドラマ「深川通
り魔殺人事件」の主役の殺人犯役を好演し注目される。
以後、存在感のある役づくりで評価され、平成元年には「マルサの女」「バカヤロー」で毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。その他、CMなどでも活躍。
●高村亜紀(プロゴルファー) -熊本市出身
昭和47年4月14日生まれ 中央女子高出身
中学1年の時ゴルフを始め、高校1年で全日本に入る。
九州ジュニアでは中学2、3年生、高校1、3年生で優勝。日本ジュニアえは中学3年生、高校1、3年生で2位
に。
また、全国高校選手権でも平成元年と2年に優勝したほか、日本アマには中学3年生から連続出場し、2年には2位
に入るなど活躍。
2年シリキット女王杯(香港)に日本代表として出場し、個人5位、団体4位
の成績を収める。同年北京アジア大会代表選手。平成4年1回目でプロテスト合格。7年ミズノ・レディースでツアー初優勝。同年9月全日本女子プロ選手権でメジャー初優勝。
●高群逸枝(故人/女性史研究家・詩人・評論家・社会運動家) -下益城郡松橋町寄田出身
明治27年(1894)師範学校を卒業後、大正9年上京すると同時に「日月の上に」、「放浪者の歌」などの詩集を刊行し、詩人として文壇デビュー。
昭和6年東京郊外の森の中にこもり、女性史研究に没頭し、「女性史学」という新しい分野を切り開き、すぐれた業績を残した。
「母系制の研究」、「助成の歴史」等の著作を残す。
●竹財輝之助(俳優)
昭和55年4月7日生まれ
九州のモデル事務所に所属した後、上京し、スターダストプロモーションへ入り、2004年ヒーロー番組「仮面
ライダーブレイド」で白井虎太郎役を演じ、その笑顔で人気を集める。
●武田イク(故人/歌手・俳優の武田鉄矢氏の母)
8歳で両親と生き別れ、洋服屋の仕立て見習いを経て、17歳の時結婚。
進駐軍兵士のハウスメイド、タバコ屋、クリーニングの取次ぎなどのかたわら二男三女を育て上げた。
昭和48年息子・武田鉄矢のシングル「母に捧げるバラード」のヒット以来、子育てなどをテーマにした講演などを年100回以上こなした。また、ホノルルマラソン完走という経験もある。その他、CM出演などでも活躍していたが、平成10年10月19日午後10時50分、肺動脈血栓のため福岡市南区の福岡赤十字病院で死去。享年七十八歳。
●武田真一(NHKアナウンサー)
昭和42年9月15日生まれ 熊本高校出身
NHK総合の正午ニュース(月〜金 12:00〜12:20)を担当しているが、初任地は熊本。初仕事は阿蘇の牧場からの生中継。およそ100頭の牛に追いかけられ、本番中にもかかわらず、斜面
で転びながら本気で逃げたらしい。
●タケちゃん (歌手/グループ名:ア・カッペラーズ)
昭和56年12月11日生まれ 本名:竹田昌史
福岡の博多・天神を拠点に全国で活動している男性5人のヴォーカルバンド「ア・カッペラーズ」のメンバーとして、アルト・ベースを担当。
平成14年、フジテレビ系列「力の限りゴーゴゴー」の「ハモネプリーグ」に出場。
九州・沖縄地区代表として、全国大会に3回連続出場し第3回大会にて、見事優勝を果
たす。
この優勝を記念して発売された、ミニアルバム「Perfect!」はオリコン初登場19位
という快挙を達成した。
●田島絵里香(タレント・モデル)
1979年11月9日生まれ
小学生の時に地元(熊本鶴屋)デパートの子供服モデルとして活躍。その後、中3の時に芸能界入りして、仕事のため熊本と東京を往復してたが、高校卒業とともに上京する。主な活躍にTBS「エクスプレス」レギュラー出演や、スピッツ(ポリドール)「フェイクファー」ジャケットモデルなどがある。
●田島みるく(漫画家) -熊本市出身
昭和33年生まれ
昭和61年、週刊誌の四コマ漫画でデビュー。
以来、子育て体験などを基に新しい漫画の分野を開拓した。
●TAJIRI(プロレスラー/所属:WWF) -玉名市出身
昭和45年9月29日生まれ 本名:田尻 義博
1994年9月 IWAジャパンでプロレスデビューする前はキックボクサーを目指してジムに通
っていた。しかしメキシコで見たルチャ・リブレに憧れて、アニマル浜口ジムに入門。入門2ヶ月目でジムで行なわれたプロレスラー養成コースのテストマッチ(トーナメント形式)で準優勝。同大会には、新日本プロレスの井上亘、大日本プロレスの本間朋章、IWAジャパンの山下義也らも出場していた。
IWAジャパンでビクター・キニョネス氏の目にとまり、同氏のルートでメキシコに渡りトレーニングを積む。後に中牧昭二と供に大日本プロレスに移り、1997年1月4日には新日本の東京ドームで新日本のリングに上がり、大谷晋二郎と対戦している。
1998年からは大日本プロレスを離れ、単身海外へ。再びキニョネス氏の計らいでメキシコから、プエルトリコを経て、米ECWへ移籍する。
ECWでトップレスラーの仲間入りを果すと、ECWレスラーの一員としてFMWに逆輸入の形で一時日本に凱旋。
2001年2月にECWの崩壊と供に去就が注目されたが、かねてからECW、IWAプエルトリコで試合を見ていたWWFの関係者の目にとまり、WWFと3年契約をかわした。
●田中芳樹(小説家) -熊本市出身
昭和27年12月22日生まれ 本名:田中美樹
代表作「銀河英雄伝説」「アルスラーン戦記」「創竜伝」など
●千葉繁(声優)
昭和29年2月4日生まれ 本名:前田正治
スタントマン、新劇俳優を経験した後、アニメ「ドカベン」の山岡キャプテンの役で声優としてデビュー。
以後、「うる星やつら」のメガネ、「めぞん一刻」の四谷、「北斗の拳」のナレーターなど数多くの作品で活躍。
●千代白鵬 大樹(力士/大相撲) -
山鹿市出身
昭和58年4月21日生まれ 本名:柿内 大樹
所属部屋:九重
平成11年 3月初土俵。当時のしこ名は本名の柿内。
初土俵から5場所目の平成11年九州場所で、本名の「柿内」から「千代白鵬」に改名。
千代白鵬の名は、千代の富士・白星・「鳥の様に羽ばたいてほしい」との願いに因んで父が命名した。
実家はステーキ店「葡萄亭」で、九州学院中学校では柔道部に所属し、相撲は柔道の練習の合間に少し経験した程度だった。
高校を卒業して相撲界に入ろうと考えていると数部屋から勧誘されたが、柔道の師範が金メダリストの山下泰裕の弟子で、九重を紹介してもらった縁で入門した。千代大海に憧れていたのも入門を決意する要因だった。
●鶴田一郎(画家) -本渡市出身
昭和29年生まれ
多摩美術大学卒業後、フリーのイラストレーターとしてSFやミステリー小説の表紙、郷ひろみや、山口百恵のレコードジャケットづくりなど多方面
に活躍。
昭和61年秋、雑誌「スタイリングインターナショナル」の表紙を飾った美人画が亀倉雄策氏の目にとまり、62年ノエビア化粧品のポスターに起用され一躍有名に。
●遠山奨志(元プロ野球選手) -芦北郡田浦町出身
昭和42年7月21日生まれ
八代第一高時代は投手で四番を打ち、1試合18奪三振や、藤崎台球場での1試合3本塁打を記録するなど活躍するが、甲子園には1度も出場出来なかった。
昭和61年ドラフト1位で阪神に入団、5月14日の対広島戦で完投初勝利、6月20日の対中日戦ではセリーグ14年振りの高卒ルーキー完封勝利をあげる。
その後伸び悩み、平成3年ロッテに移籍。7年、打者に転向。9年10月阪神の入団テストを受け合格、投手に再転向した。
14年、10月14日の対中日戦を最後に涙の引退。
●常田富士男(俳優・声優)
昭和12年1月30日生まれ
生まれは長野県。父の死後、小学3年で母の在所の阿蘇郡南小国町へ。
31年、済々黌高定時制卒業後、劇団「民芸」の養成所に入団し、舞台俳優・映画俳優としても活躍。
34年米倉斉加年らと劇団青年芸術劇場を結成。40年代初め、テレビ界で個性派脇役として活躍、特に「ゲバゲバ90分」で有名になる。
主な出演作にNHK「源義経」(41年)映画「駅前旅館」(36年)「天国と地獄」(36年)「本陣殺人事件」(50年)「黒い雨」「夢」など。
その他、声優としても活躍し、アニメ映画「銀河鉄道の夜」「天空の城ラピュタ」などで87年日本アニメ大賞声優部門特別
演技賞受賞。
「まんが日本昔ばなし」でモービル児童文化賞受賞。
●徳富蘇峰(故人/文豪・ジャーナリスト) ‐水俣市出身
1863〜1957 本名:徳富猪一郎
近代日本ジャーナリズムの先駆者。
明治15年に民権私塾といわれる「大江義塾」を建て、20年には東京で「民友社」を設立。
雑誌「国民之友」や「国民新聞」を発行し平民主義を主張。国家主義の論客として活躍した。
●徳富盧花(故人/文豪) ‐水俣市出身
1868〜1927 本名:徳富健次郎 徳富蘇峰の実弟。
兄である蘇峰と大江義塾などで学ぶ。
明治33年「不如帰(ほととぎす)」で一躍有名になる。
「自然と人生」「思出の記」「黒潮」の名作を世に出す。
●徳永邦治(俳優・エンターティナー/所属:ザ・コンボイ) -熊本市出身
昭和40年2月26日生まれ
劇団四季を経て、昭和61年に結成されたエンターテインメント集団 THE CONVOY(ザ・コンボイ)に参加。
歌とダンスを中心に芝居やコントを交えたショーが話題となる。
平成10年 THE CONVOYとしてシングル「WAKE UP」でCDデビュー。
個人でもストリートプレイ、ミュージカルを中心に活躍。
主な出演に、舞台「アニー」「美女と野獣」「エクウス」など。
●敏いとう(歌手)
昭和15年1月3日生まれ 本名:伊藤 敏
獣医として作曲家の遠藤実氏の犬を診察したことがきっかけで芸能界入り。
コーラスバンド「敏いとうとザ・プレイメンズ」としてデビュー。
昭和49年コーラスグループ「敏いとうとハッピー&ブルー」を結成、リーダーを務める。
49年「わたし祈ってます」55年「よせばいいのに」などのヒット曲を出すが、平成3年に解散した。
●栃光 正之(元 力士/大相撲) -牛深市(旧
熊本県天草郡)出身
昭和8年 8月29日生まれ 本名:中村 有雄
農家の長男で、父は宮相撲で活躍し、自分も相撲が好きで体格が大きく力も強かったので深海中学校の時から家業を手伝いながら宮相撲で活躍した。
3年生で東冨士の一行が天草へ巡業に来たので見に行きたかったが、小学生以来の無欠席記録を止めたくなかったので登校すると先生が出席として取り計らってくれたので喜んで見に行き、栃錦に魅せられた。
以後の昭和27年 4月に水俣で行われた八幡祭りの相撲大会で島の代表選手として出場した時に、負傷で帰郷していた三段目
栃ノと八代市で木戸御免の人に見出されて勧誘された。
しかし、両親に反対されたので農作業を休み始め、 1週間も続いたが見かねた叔父が父を説得してくれたので入門が叶った。
筋肉質の体格で、当初は左四つで下手投げを打つ取り口だったが、立ち合いに激しく頭で当たって突き放してから相手の懐に飛び込み、筈で押すか右上手を引き附けて寄るか投げる取り口に変わった。
昇進が速く、初土俵から負け越し知らずで入幕した。
不器用だったが無類の稽古熱心で、春日野から徹底的に押しの指導を受け、どんなに叩き附けられ投げ附けられても音を上げず向かって行き、両脇に藁を挟んでの押しを始めとする稽古を黙々と真面
目に実践した。
一時は蕁麻疹に罹ったのと体格に比べて荷の重い取り口で伸び悩んだ。
足が高く上がる四股で知られた。
素直で実直な性格から礼儀正しく、時間一杯では決して待ったをせず、名大関と言われた。
●轟悠(宝塚雪組) -人吉出身
宝塚音楽学校の最終試験で主席となり、昭和60年「愛があれば永遠に」で初舞台。
雪組に所属し、男役のホープとして平成2年新人公演「ベルサイユのバラ」では主役も務める。
個性派男役として大役を次々とこなし、9年8月、男役トップに。
●智乃花 伸哉(元 力士/大相撲) ‐八代市出身
昭和39年6月23日生まれ 本名:成松 伸哉
小学5年から相撲を始める。日大相撲部で主将を務め、昭和61年全日本学生選手権団体優勝、個人3位
に。
後輩には久島海、舞の海らがいる。
卒業後、山口県教員になり、宇部市厚南中を経て、平成元年から熊本大津高体育教諭を務めるかたわら全国教職員大会で3年連続個人優勝、元年国体で個人優勝、全日本選手権で優勝しアマ横綱に。3年全日本選手権ではベスト8に進出。4年プロ入りを決意し退職、立波部屋に入門。過去最高齢の27歳、妻子持ちの新弟子として話題を呼んだ。
同年春場所幕下付け出しで初土俵、勝ち越した。同年秋場所で幕下優勝、シコ名を本名の成松から智ノ花に改め、九州場所新十両。
5年名古屋場所新入幕。6年初場所デビューから11場所のスピード記録で小結に昇格した。
13年10月引退。
●とり・みき(漫画家)
昭和33年生まれ
昭和54年「ぼくの宇宙人」で漫画家デビュー。
平成7年には「遠くへ行きたい」で第41回文芸春秋漫画賞を受賞。
その他の作品に「とりのいち」「てりぶる少年団」「愛のさかあがり」などがある。
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