さ行
●財津一郎(俳優) -熊本市出身
昭和9年2月22日生まれ 本名:財津 永栄 旧芸名:財津肇メ
昭和28年済々黌高校卒業後、上京。早大を志すが受験に失敗、帝劇ミュージカルの研究生となる。
30年帝劇ミュージカル解散後は、財津肇メの芸名で歌手生活を送るが、本格的な俳優修行をした後、石井均一座に入る。ムーランルージュを経て、39年吉本新喜劇に入り、芸名を財津一郎に改名。テレビでは大阪朝日放送「てなもんや三度笠」に挫折浪人役で登場、「チョウダイ」「ひじょーにサミシー」などの流行語をつくり出し、おおいにうける。
その後数々の映画、舞台で活躍するが、平成7年脳内出血で倒れる。8年NHK大河ドラマ「秀吉」の竹阿弥役で無事復帰した。
●坂田信弘(プロゴルファー・ゴルフ評論家) -熊本市出身
昭和22年10月11日生まれ
中学2年のとき、家業の製菓業が倒産し、一家で兵庫県の尼崎市へ。
中学、高校にかけ、新聞配達や土木作業のアルバイトをし、大学を中退後、陸上自衛隊を経て、昭和50年プロゴルファーになる。
59年からペンを持ち、トーナメント参戦記をゴルフ週刊誌に連載。
63年ナイジェリア・イバタンオープンで優勝。
また、自分の半生を描いた漫画「風の大地」の原作を描き、その単行本は120万部を越すヒット作となる。
一方、プロプレーヤーの技術を体系化した”坂田理論”が注目を集め、プロ養成を目的としたジュニア塾も開校。
●坂本善三(故人/洋画家) -阿蘇小国町黒渕出身
明治44年3月15日生まれ
画家を志して上京し本郷絵画研究所、帝国美術学校(現、武蔵野美術大学)に学び川口軌外、林武に師事、研鑽を積む。
2年間にわたるヨーロッパへの絵画研究の旅の後、ヨーロッパの伝統的な美術に触れたことをきっかけに日本の風土を見直し、日本の美、東洋の美についての思惟を深め日本の風土と生活を源とする独自の画風を生みだした。
昭和62年10月14日急性心不全で死去。
●桜樹ルイ(女優)
昭和44年3月8日生まれ 本名:海老沢 美紀
高校時代から芸能界入りを志望し、卒業後タレント事務所に所属。その後ナレーターコンパニオン等を経て、平成2年にAVデビュー。CD「パピヨン」を出して歌手デビューするという条件で2本だけ出演するはずが、その後1年半の間に30本近くに出演し、AVクイーンと称される。
平成4年AVから離れ、NHKのドラマ「とおせんぼ通り」に出演して好評を博し、以後女優として活躍。
●潮崎豪(プロレスラー/プロレスリング・ノア所属) -熊本市出身
昭和57年1月21日生まれ
2003年度の株式会社プロレスリング・ノアの入門テストに合格。
04年7月24日、ディファ有明での秋山準&橋誠戦(パートナーは本田多聞)でデビュー。
師匠である小橋建太とタッグを組むこともあり、未来を期待されているルーキー。
05年8月24日、福島市国体記念体育館大会の対エディ・エドワーズ戦でシングル初勝利。
格闘技経験がなく、まだまだ肉体的にも技術的にも成長途中の若手ではあるが、小橋の無茶な練習に付き合っているためか日に日に体が厚くなってきている。
基本的にはローリングクレイドル、月面水爆といった師匠・小橋建太の若手時代の技を受け継いでいる。
05年11月からはヨーロッパ海外修行を行う。
●潮谷義子(熊本県知事) -佐賀県生まれ
昭和14年4月5日生まれ
昭和37年佐賀県庁、39年大分県庁に勤務。
46年ねむの木学園、47年社会福祉法人慈愛学園乳児ホームに勤務。のち園長に。
59年より熊本短期大学、平成元年YMCA学院老人ケア科非常勤講師、熊本こころの電話運営委員なども努めた。
11年熊本県副知事に就任。
12年4月、福島譲二知事の死去(2月)に伴う県政史上37年ぶりの知事選で初当選し、全国2番目の女性知事に就任した。
●式守伊之助 (26代目 )(元 大相撲立行司)
昭和2年生まれ 本名:茶原 宗一
昭和16年中学2年の時、春日野部屋に行司として入門。同年夏、木村宗市の名で初土俵。
31年夏に十両格として木村庄二郎と改名、38年九州で幕内格、60年初から三役格。平成2年12月立行司に昇格。3年1月26代式守伊之助を襲名。4年秋場所を最後に引退した。
●茂森あゆみ(女優・歌手) -熊本市出身
昭和46年12月15日生まれ
平成6年3月武蔵野音楽大学声学科卒業。
平成5年〜平成11年NHK「おかさんといっしょ」第17代歌のおねえさんとしてデビュー。
その後「だんご三兄弟」のヒットで名を馳せる。
公式プロフィールページ
茂森あゆみファンページ 雲の手紙
●島田楊子(女優) -熊本市出身
昭和28年5月17日生まれ 本名:米山 陽子
昭和46年NET「続・氷点」のヒロイン役募集で、1万3千人の中から選ばれデビュー。
47年「初めての愛」で映画デビュー。48年「屈原」で初舞台。以後、テレビ、映画に独自の地位
を築く。
55年アメリカのTV映画「SHOGUN(将軍)」の「マリコ」役で一躍国際スターとなる。
以降、「リトル・チャンピオン」など外国映画に出演が続いたが、62年6年降りに日本映画「花の迷宮」に出演。
他にテレビ「陽炎の女」「名もなく貧しく美しく」「花の乱」「丘の上の向日葵」
ミュージカル「アーニー・パイル」舞台「マリー・ローランサン」等に出演。
●島津亜矢(歌手) -植木町出身
昭和46年3月28日生まれ 本名:島津 亜矢子
子供の頃から演歌が好きで、5歳の時テレビのコンテストに出場して以来、のど自慢番組には欠かさず出場。
昭和59年テイチクレコードにスカウトされ、61年「袴をはいた渡り鳥」でデビュー。
63年事務所とのトラブルでOLに転身するが、平成3年「愛染かつらをもう一度」でカムバックした。
●陣内貴美子(元 バドミントン選手・タレント) -八代市出身
昭和39年3月12日生まれ
中央女子高校出身。
小学4年からバドミントンを始める。
中学から高校にかけて、数々の大会で優勝。昭和54年16歳の若さでナショナルチームに参加。
55年オランダで行われたジュニア・オープンでシングルス、ダブルスと共に優勝。56年にはインターハイ3冠を獲得、ユーバ杯は団体優勝。60年、61年と全日本総合2位
。
63年から森久子選手とペアを組み、全日本社会人大会で3連覇。平成4年バルセロナ五輪代表。
5年に引退し、ヨネックスの広報部に勤務。6年フジテレビの「スポーツWAVE」のキャスターに大抜擢。7年同「プロ野球ニュース」の月曜キャスターに。以降、バラエティーなどにも幅広く活躍。
●水前寺清子(歌手)‐熊本市出身
昭和20年10月9日生まれ 本名:林田 民子
昭和35年コロムビアの全国歌謡コンクールで2位となり、コロムビアの専属に。
11曲も吹き込むが発売にならず、39年クラウンに移籍。同年「涙を抱いた渡り鳥」でデビュー、大ヒットとなり、40年NHK「紅白歌合戦」に出場。43、46、48年には司会も努めた。
43年の「三百六十五歩のマーチ」でレコード大賞大衆賞を受賞。
男っぽい身のこなし、歌いっぷりで人気を高め、庶民的なキャラクターが幅広いファンを獲得。
45年にはテレビドラマ「ありがとう」にも出演し、56.3%の高視聴率を記録したこともある。
愛称のチータは「小さい民子(本名)」から。
●末續慎吾(陸上選手/短距離)
昭和55年6月2日生 九州学院高校出身
中学校時代から陸上を始めるが全国大会の経験もなく、これといった記録は残していない。
九州学院高等学校後から本格的に陸上競技を始め、広島国体の少年B100mを制し、初めて注目される。
1年で国体少年B100m、3年で少年A100mに優勝。
高校3年の丸亀インターハイは故障に泣いたが、神奈川国体で復活Vを遂げた。
東海大では高野進コーチに師事し、99年あたりから地力を付け、2000年に大ブレイク。関東インカレ、スーパー陸上では、二度にわたって200mの学生記録を更新。シドニー五輪では、準決勝進出を果
たした。
4×100mリレーでは3走を務め日本チーム6位入賞の原動力となった。決勝ではレース中に右大腿部を故障したが、執念でバトンをつないだ。
03年5月の水戸国際では100 mで10秒03の国内日本人最高を記録。日本歴代1位
10秒00の伊東浩司、10秒02の朝原宣治(ともに海外で記録)に次いで3番目ではあるが、アジア初の9秒台を期待させた。
6月には日本選手権男子200 mで20秒03(日本記録)と、アジア人初の19秒台に迫った。
そして8月、世界陸上選手権パリ大会男子200m決勝にて3位に入賞し、日本人初の銅メダル獲得という快挙を達成した。
00年 シドニー五輪200 m準決勝2組8位、4×100mR6位(3走)=38秒31・アジアタイ
01年 東アジア200 m優勝、4×100 mR1位(4走)
01年 日本選手権200m優勝(02年は故障で欠場)
02年 日本インカレ100 m優勝
02年 アジア大会200 m優勝、4×100 mR2位(2走)
03年 日本選手権100&200m優勝(100mは初優勝。200mは2連勝)
03年 8月29日世界陸上選手権パリ大会、男子200m決勝。20秒38で銅メダル
●鋤野貴也(歌手)
昭和56年4月24日生まれ
中国上海復旦大学国際交流学部に2年間留学したこともあり、特技は中国語(北京語)。
“九州からヒットソングを”を目標に活動をスタート。
熊本インディーズ・シーンでライヴ活動を行う。
2003年12月には、遂に4曲入りマキシシングル「 RAINBOW」でメジャーデビューした。
●杉本恭一(ミュージシャン/グループ名:レピッシュ) -菊池郡出身
昭和39年(1964年)3月20日生まれ
白川中学校→御船高校
高校卒業後グラフィックデザイナーを目指し上京。デザインの学校に通う。
昭和60年にバンド・レピッシュを結成。プロを目指すが、デザインの世界にも興味を持ち、一時バンド活動と並行しながらデザイン事務所で働く。
61年、バンド”レピッシュ”でキャプテンレコードより自主制作発売
62年9月21日 ビクター音楽産業(現ビクターエンターテイメント)よりメジャーデビュー。
バンドのリーダーで、ギター、コーラス担当。
レピッシュ公式ページ
私的La-ppisch三昧"♯"
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