な行
●永島暎子(女優)
昭和30年7月28日生まれ 本名:水永 輝子
昭和51年加藤彰監督の「四畳半青春硝子張り」のヒロインに抜擢されてデビュー。
代表作は「女教師」(52年)「竜二」(58年)など。
また、テレビドラマ「はね駒」「凛凛と」「琉球の風」「居酒屋長治」「くろしおの恋人たち」にも出演。
●永田ルリ子(元 おニャン子クラブ/会員番号18番)
●永野椎菜(作詞家/グループ名:TWO-MIX)
?年11月11日生まれ 本名:牧野良樹
特別な目標を持たないうちに上京し、フリーターのような生活をしていた。東京での生活は辛く、毎日その日の事を日記に書くうちに作詞を勉強し音楽の道に入り、高山みなみと音楽ユニットTWO-MIXを結成、キーボード・作詞を担当。その他TWO-MIX以外では永井真理子、辛島美登里、林原めぐみに楽曲を提供。
またTWO-MIXの所属事務所「LITTLE STATION」の代表も努める。
TWO-MIX
little-station
●中村汀女(故人/俳人) -飽託郡画図村出身(現在・熊本市江津)
明治33年4月11日生まれ 本名:中村破魔子
大正7年頃から句作を始め、8年から「ホトトギス」に投句。昭和7年句作を復活し、「ホトトギス」「玉
藻」に投句。高浜虚子に指事し、9年「ホトトギス」同人となる。
15年「春雪」を刊行。22年主宰誌「花風」を創刊。
31年中国文化訪問団の副団長として訪中、この頃から女流文化人としての活動を始めた。
主な句集に「汀女句集」「花影」「都鳥」「紅白梅」などがあり、俳句の手引書などもある。
昭和63年9月20日死去(心不全)。
●中山節夫(映画監督) -菊地郡合志町出身
昭和12年7月29日生まれ
昭和34年日活入社。長谷部安春に師事する。助監督を経て、退職後、30歳で独立。44年ハンセン病患者の子女の入学拒否事件を扱った「あつい壁」で監督として出発し、以後一貫して社会問題、教育問題をテーマに、自主上映作品を撮り続ける。
58年熊本県・天草の僻地の分校の日常を2年間にわたり追った記録映画「海と太陽と子供たち」を製作。
平成9年ハンセン病差別を告発するドキュメンタリー映画「見えない壁を越えて」を製作。
他の作品に「青春狂詩曲」「兎の眼」「ブリキの勲章」「風のあるぺじお」「原野の子ら」「あかね色の空を見たよ」など。
●中山千夏(作家・タレント・元 参議院議員) -山鹿市出身
昭和23年7月13日生まれ 本名:前田 千夏
11歳で菊田一夫に見いだされ、東京・芸術座で「がめつい奴」「がしんたれ」に出演し、天才子役といわれた。
以後、女優、歌手、テレビタレント、司会者として活躍。小説でも注目され、「子役の時間」「羽音」などで第81回から連続3回直木賞候補に。昭和46年ジャズ・ピアニスト佐藤允彦と結婚したが、53年離婚。
52年市民の政治参加を旗印として発足した革新自由連合に参加、代表となる(昭和58年解散)。
55年参院選に出馬し全国区第5位で当選。58年の参院比例区では無党派市民連合を結成し戦ったが当選者ゼロの完敗に終わる。
61年参院東京地方区に出馬して落選。月刊誌「地球通信」編集長。
他の著書に「国会積木くずし」「からだノート」「ドント式がやってきた」「偏見自在」「ヒットラーでも死刑ししないの?」や訳書「古事記伝」など。
●夏夕介(俳優) -荒尾市出身
昭和25年10月30日生まれ 本名:田浦 久幸 旧芸名:田浦幸
昭和44年大阪のバンド”グランプリーズ”に加入、同年”オックス”に移るがのち解散。ソロ活動を経て、49年テレビ「愛と誠」(テレビ東京系)で役者デビュー。
51年映画「愛のなぎさ」(東宝)でスクリーンデビュー。以後青年役から中堅へと着実に役者の道を進む。
他の主な作品に映画「極道の妻たち」「花の降る午後」、テレビ「美人はいかが」「光る海」「赤い絆」「木枯らし紋次郎」「遠い記憶」など。
●夏川結衣(女優)
昭和43年6月1日 本名:宮川 美紀
平成3年ユニチカ水着キャンペーンに選ばれ、芸能界入り。
モデルとして活動し、「サッポロビール・冬物語」のCMに出演し注目される。
4年 ドラマ「愛という名のもとに」で女優としてもデビュー。
以後、「資生堂・シーズ」「とらばーゆ」「三ツ矢サイダー」のCMに出演、5年
柄本明監督の映画「空がこんなに青いわけがない」のヒロインに。
他の出演に、映画「夜がまた来る」「蔵」「罠」「GONIN2」「私たちが好きだったこと」「死国」、テレビ「夏目雅子物語」「木曜日の食卓」「谷口六三商店」「怪談ろくろ首」「青い鳥」「結婚前夜」「座頭市」など。
●成清加奈子(タレント)
昭和43年6月12日生まれ
昭和59年 ドラマ「無邪気な関係」に出演、「レッツGOヤング」のサンデーズのメンバーとして活躍。
59年レコードデビュー後はドラマ、ミュージカルなどでも活躍。
出演作に「無邪気な関係」「それ行けズッコケ3人組」などがある。
●名和宏
●西沢信孝(映画監督・アニメーション作家) -熊本市出身
昭和15年3月8日生まれ
東京放送を経て、昭和38年東映動画に入社。
40年テレビ「ハッスルパンチ」で演出デビュー。テレビ作品の演出を続け、49年「マジンガーZ対暗黒大将軍」で劇場デビュー。
52年文部省特選作品「白鳥の王子」を監督。61〜63年ビデオアニメヒット作「湘南暴走族」シリーズ4本の脚本・監督を担当。
平成8年テレビ「地獄先生ぬ〜べ〜」を初プロデュース。
他にテレビ朝日の「スーパーJチャンネル」枠の帯アニメ「マンマミーヤ」のプロデュースなどがある。
●仁科熊彦(故人/映画監督) -熊本市新屋敷町(福島県生まれ)
明治29年1月1日生まれ
大正13年東亜キネマに入社。同年9月、東亜キネマの等持院撮影で時代劇「ある城主と兄弟」を監督してデビュー。
以来昭和12年にかけて百数十本の作品を手がけ、代表作に嵐寛寿郎主演の「右門捕物帖」シリーズや、市川右太衛門の「江戸の朝霧」など。 戦後の代表作にテレビ映画「琴姫七変化」シリーズがある。
●ネスミス竜太カリム(歌手)
昭和58年8月1日生まれ
2000年6月、テレビ東京系・ASAYAN男子ヴォーカリストオーデションの熊本オーディションに参加し、見事突破。
9月に合宿を経て10月に4名の候補者の中に選ばれる。
デビューをかけ、12月15日、堂珍嘉邦(現CHEMISTRY)、藤岡正明とそれぞれデュオを組んで「最後の夜」で仮デビュー。
堂珍とのデュオはオリコン初登場10位、藤岡とのデュオは11位を記録。
その後、R&Bデュオとしては落選し、実家に戻るがボーカリストを探していた柏原収史の猛烈なアタックにより2人でSTEELとして2001年6月6日にフォーライフレコードよりメジャーデビュー。
ちなみに父親はアメリカ人で、見た目は外人さんなのに英語がしゃべれないとか。
●野田毅(政治家) ‐熊本市出身
●野田知佑(カヌーイスト・エッセイスト)
1938年、熊本県の半農半商の家に生まれる。
早稲田大学卒業後、ヨーロッパを旅行。帰国後、海外旅行の体験記事を書く。
日本全国の川をカヌーで下った体験をまとめた「日本の川を旅する〜カヌー単独行〜」で82年の日本ノンフィクション賞新人賞を受賞。
●信國大志(タイシノブクニ)(デザイナー)
昭和45年生まれ
1988年久留米大附設高校中退。同年、インポートショップ「ダイス&ダイス」設立。
91年渡米しバイヤーとして活動。
92年渡英。ビスポークテイラー、チャーリー・アレンのもとで英国伝統のテイラリングを取得。
93年渡仏。現在クリスチャンディオールのデザイナーであるジョン・ガリアーノのアトリエで1年間働く。
94年ロンドンへ戻りセントマ-ティンズ美術学校の修士課程に入る。
96年にウィメンズウェアコース修士課程終了。卒業製作がDAYLY TELEGLAPH誌に掲載される(テーマは枕草子)
同年、日本に帰国。
98年ロンドンコレクション期間中に最初のランウェイショーを行う。 以来イギリスでは、JONES、LIBRALY等の有名店にて販売。国内にて最初の展示会。
99年福岡にオンリーショップ「TAISHI NOBUKUNI」オープン
00年東京にオンリーショップ 「I DON'T GIVE A SHIT" TAISHI NOBUKUNI」をオープン
03年TAKEO KIKUCHIのクリエイティブディレクターに就任。
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