ま行
●前田智徳(プロ野球選手/広島東洋カープ) -玉
名郡岱明町出身
昭和46年6月14日生まれ
熊本工業卒
岱明中学校時代から野球を始め、高2から甲子園に3回出場。平成元年ドラフト4位
で広島入団。
2年6月3日対ヤクルト戦(広島)でスタメン6番で初出場、初打席で初打点をあげる。
3年対ヤクルト開幕戦では初本塁打を先頭打者本塁打で飾る。
同年打率.271、本塁打4、打点25でレギューラーの座を獲得。
4年に入り3番の座を確保し、チームの主力になる。
●MAGUMI(ミュージシャン/グループ名:レピッシュ)
-熊本市出身
昭和38年9月24日生まれ 本名:福田 耕一
白川中学校→御船高校
昭和57年高校卒業後上京、新聞配達をそながら演劇学校へ。
しかし、この間音楽の方に魅かれ、59年、中学からの友人杉本恭一が所属するバンドに参加。
トランペットやパーカッションを経て、60年、ボーカル担当となり、ライブ活動を行う。
61年、バンド”レピッシュ”でキャプテンレコードより自主制作発売。
前例のない暴力的なダンスビートは各地で熱狂的な支持を受け、62年9月21日 ビクター音楽産業(現ビクターエンターテイメント)より「パヤパヤ」でレコードデビュー。
レピッシュ公式ページ
私的La-ppisch三昧"♯"
●松中信彦(プロ野球選手/福岡ソフトバンクホークス) -八代市出身
昭和48年12月26日生まれ
八代一高卒業
八代一高から平成4年新日鉄君津に入社。
6年より全日本入り。7年社会人ベストナイン。
8年アトランタ五輪では4番を打ち、銀メダルを獲得。同年ドラフト2位でダイエーに入団。
また、12年にもシドニー五輪代表選手としても活躍した。
●松永幹夫(JRA騎手) ‐菊地郡西合志町出身
昭和42年4月10日生まれ
幼い頃、父に連れられ荒尾競馬場に行った事がきっかけで、競馬の騎手に憧れる。
昭和61年騎手デビューし、同年新人賞を獲得。
平成3年5月第52回オークスにイソノルーブルでG1レースを初制覇。
同年12月アジア競馬会議騎手招待競争(香港)で1着。
8年調教中に突然暴れた馬に蹴られて左腎臓を半分摘出する大怪我に遭うが、同年の10月G1の秋華賞を勝ち、復活した。
●松野明美(元 マラソン選手・タレント) -鹿本郡出身
昭和43年4月27日生まれ
中学時代はバスケットボール部に籍を置き、高校進学後陸上に転向。
昭和62年ニコニコドーに入社し、創設したばかりの陸上部に所属する。
同年10月沖縄国体で5千メートルに優勝、12月全日本実業団対抗女子駅伝の最長の4区10キロで日本電気・増田明美を含む12人を抜き、非公認ながらロード10キロの日本最高タイム32分17秒をマーク、一躍注目を集めた。
63年日本選手権1万メートル優勝。同年ソウル五輪代表。
平成元年末のバルセロナ国際女子駅伝の2区9.7キロを30分41秒で走り、区間賞。
2年日本選手権1万メートルで2度目の優勝、九州実業団駅伝では10キロの非公認ロード記録・30分59秒をマーク。同年北京アジア大会1万メートル銅メダル。
3年世界選手権(東京)代表。同年9月マラソンに転向、4年初マラソンの大阪国際で2時間27秒2で2位
となるが、バルセロナ五輪代表の座は逃した。
5年3月名古屋国際女子マラソン2位。
7年12月引退、指導者として後進の育成に携わる。
8年からは熊本県民テレビでスポーツキャスターもつとめた。
ニコニコドー人事部係長もつとめたが、陸上部の休部に伴い、11年退社。
その後はテレビタレントとして活躍。
13年5月、鹿本高校時代の先輩・前田真二さんとめでたく結婚した。
●マッハ文朱(タレント) -天草郡大矢野町出身
昭和34年3月3日生まれ
歌手を志し「スター誕生」に出場するが、決勝で山口百恵に敗れ、15歳で全日本女子プロレスに入る。
昭和50年WWWAヘビー級世界チャンピオンとなる。
51年2月引退してタレントに転向。「黄土の嵐」「クイズヒントでピント」などのテレビ出演、ラジオのパーソナリティー、映画、舞台と幅広く活躍。
平成元年秋から健康学の勉強のためロサンゼルスのペッパーダイン大学に留学。
その後、南カリフォルニア大学に進学して、猛勉強の末、卒業。
また、5年には、中国系アメリカ人ロバート・チャンと結婚した。
●松本天心(格闘家 SKアブソリュート総帥)
昭和43年5月29日生まれ
リングスロシア勢からサンボを学び、コマンドサンボの日本導入時よりサンボの総本山スポーツ会館での総合格闘技設立に着手。
SKアブソリュート代表をはじめ、日本サンボ連盟事務局長、JTC執行役員、K-1MMA及びHERO'S公式審判員を務める。
●マナブ間部(故人 洋画家) -宇土郡不知火村高良(現・不知火町)出身
大正13年9月14日生まれ 本名:間部学
昭和9年10歳の時、家族とブラジルに移住。
24歳でコーヒー園を購入。経営のかたわら独学で画家を志した。
34年サンパウロ・ビエンナーレで国内最優秀賞の栄誉を受け、アメリカ「タイム」誌が”間部黄金の年”として紹介、ブラジルを代表とする抽象画家となる。初期の具象から鮮烈な色彩
の抽象へと移行、色彩の真の使い手といわれた。
平成9年9月22日、脾臓手術後の合併症により死去。
●馬原孝浩(プロ野球選手・投手/福岡ソフトバンクホークス)
昭和56年12月8生まれ
託麻原小→帯山中→熊本市立高(現・必由館)→九州共立大
託麻原小4年生から軟式野球を始める。
中学1年生の時に熊本県選抜に選ばれて渡米。
甲子園出場経験は無く、熊本市立高3年生の時の夏の熊本県ベスト8が最高記録。
九州共立大では2年から新垣投手と共に先発の軸となる。
大学2年の秋に自己最速151キロをマーク。
大学3年春のリーグ戦では、「MVP」「防御率」「ベストナイン」と三冠に輝く。
大学4年春にも「防御率1位」「ベストナイン」となる。
全日本大学野球選手権では「敢闘賞」を受賞。
2002年は派遣選手として西武ライオンズキャンプに参加。
2002年、2003年と2期連続日米大学野球選手権出場。
2003年、最速151キロのストレートにキレのいいスライダー、シュート、チェンジアップ、フォーク等の多彩
な変化球を織り交ぜ、コントロール、スタミナ面も問題ない03年アマチュアNo.1の投手として注目を浴び、
福岡ダイエーホークスにドラフト自由獲得枠にて入団。
●丸尾千年次(故人 元 日本ハム編成部顧問)
熊本工高から熊本鉄道管理局を経て1936年、投手として阪急に入団。その後、スカウトとなり、73年のドラフトでは1位
指名した作新学院・江川卓を担当。同投手の実家がある栃木・小山市に元旦に訪ね“門前払い”されて獲得を断念したが、山田久志中日投手コーチら逸材を見いだし、阪急の黄金時代を支えた。78年から日本ハムに移り、89年まで在籍した。
2000年5月14日午後2時56分、心不全のため横浜市青葉区の病院で死去。
●未来 -MIKU-(歌手) -八代市出身
昭和58年11月9日生まれ
幼い頃祖父に詩吟を習い、歌手が夢だった父親の影響で歌手への道を目指す。
中学時代は、吹奏楽部に所属しオーボエを担当。
平成10年10月、14歳の時九州地区で行われた新人発掘ボーカルオーディションで約3000人からグランプリを受賞。
11年、熊本より上京。高校に通いながら音楽活動を開始し、14年、広瀬香美作詞の「素直になれなくて」で歌手デビュー。
●宮崎京(モデル) -下益城郡城南町出身
昭和53年2月25日生まれ
熊本県立大学出身
平成15年、今の自分にできる限りの努力をすることで、モデルという職業を続けるうえでの自信がつき、視野が広がるのではないかと感じたので、という動機で「第49回 ミス・ユニバース・ジャパン」に応募。
同年4月14日、応募者総数1517人の中から見事「2003ミスユニバース日本代表」に選ばれた。
●宮崎淑子(女優) -熊本市出身
昭和33年12月11日生まれ 本名:宮崎美子
熊本大学法学部出身。
「週間朝日」の表紙モデルをきっかけとして、1980年ミノルタカメラの「今の君はピカピカに光って」というフレーズのCMに出演し、一躍脚光を浴びる。
その後、女優業・司会業・舞台劇出演など広く活躍。
●御船千鶴子(故人 千里眼で日本中を席巻した人) -宇土郡松合村出身
明治19年生まれ
漢方医の二女に生まれる。
小学校を卒業後、陸軍歩兵中尉と結婚するが、まもなく離婚。
透視術は、姉の夫で催眠術に興味を持っていた清原猛雄の誘導で獲得したといわれる。
熊本出身の代議士・安達謙蔵の秘書婦人が海水浴中に紛失したダイヤを透視で発見したり、石炭層探査のため有明海の底を透視し、万田抗を発見したりするうちに評判が広まり、明治43年9月上京し、東大の文科、医科、理科の9博士の前で透視を実験。
その実験は半ば成功、半ば失敗に終わったが、以後約半年間、”四里眼”や”天眼通
”などと呼ばれマスコミに大騒ぎされ、翌44年はじめ服毒自殺した。
●宮田洋容(漫才師) -玉名郡三加和町出身
大正4年2月16日生まれ 本名:岩下信夫
昭和13年大阪の吉本興業に入り、漫才師に。
17年に上京してアコーディオンをひきながらのミュージカル漫才を考え出し、戦後は歌手の布施由起江とコンビを組み、このコンビは30年代に一世を風靡した。
●村下考蔵(故人 シンガーソングライター) ー熊本県水俣市出身
昭和28年2月28日生まれ
新日鉄、家具会社勤務、ピアノ調律師を経て、昭和55年「月あかり」でCBSソニーからデビュー。
58年「初恋」の大ヒットで一躍有名に。
他のヒット曲に「踊り子」「ゆうこ」「16才」「夢の跡」、アルバムに「新日本紀行」など。
7年デビュー15周年を記念してベストアルバム「林檎と檸檬」をリリース。
叙情的なメロディーと素朴な歌声でファンを魅了していたが、平成11年6月24日高血圧性脳内出血により急死した。
●村枝賢一(漫画家)
昭和42年9月5日生まれ
吉田聡先生のアシスタントを経て、1987年に「アーム・ア・チャンピオン」(少年サンデー11月増刊号)でデビュー。
主に小学館の少年サンデーを中心に活躍。代表作は「俺たちのフィールド」「光路郎」「かもしか!」など。
●室山まゆみ(漫画家)(姉・室山真弓と妹・室山真理子による共同ペンネーム)
姉・真弓19歳、妹・真理子17歳で共に上京。
1年後の昭和51年に共同ペンネームの「室山まゆみ」で別冊少女コミック「がんばれ姉子」でデビュー。
以後、学年誌を中心に児童向けギャグ漫画を描く。
「小学二年生〜六年生」各誌、「ちゃお」に「あさりちゃん」を連載、大ヒットとなり、57年テレビアニメ化される。
他の作品に「どろろんぱっ!」「すうぱあかぐや姫」「Mrペンギン」等がある。
●森高千里(歌手) ‐大阪生まれの熊本育ち
昭和44年4月11日生まれ
九州女学院出身。
1986年「第1回ポカリスエット・イメージガールコンテスト」優勝し、その後「NEW
SEASON」でデビュー。
「この道」「私の夏」「気分爽快」のヒット曲のほかCM出演多数。
森高千里の部屋
ああっ 森高さまっ!!
●森恵(女優・歌手) -熊本市出身
昭和44年3月10日生まれ
中学3年の時オーディションを受けて合格。
昭和60年テレビドラマの端役でデビューし、翌年「夢見るダンス・アウェイ」で歌手としてデビューした。
他に「微熱に抱かれて」など出すが、ドラマでの活躍が目立った。
特に63年「超獣戦隊ライブマン」で子供たちの人気を得た。
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