か行
●甲斐麻美(女優)
昭和62年1月9日生まれ
初めてのオーディションで、熊本の一高校生から抜擢され、とんとん拍子で戦隊シリーズ出演が決まり、2004年12月単身上京。
05年2月から魔法戦隊マジレンジャーの次女・マジブルー小津麗役で活躍。
甲斐麻美オフィシャルホームページ
魔法戦隊マジレンジャー
●餓鬼レンジャー(MC)(ポチョムキン・Yoshi)
メンバーはポチョムキン・Yoshi・DJ HIGH SWICH a.k.a.
HIROとG.P a.k.a. GREEN PEEACEの2MC&2DJ。
1994年に熊本で結成以来、フォクシー・ブラウン、ジグマスタズ、アルカホリックス等の来日公演や、精神的なイヴェント出演で人気を獲得し、1998年にはPヴァインよりミニアルバム「リップ・サービス」をリリース。エロっぽいリリックにタイトなライム、巧みなフローが他のラップ・アーティストとは一線を画す斬新なスタイルで話題になり発売以来3万枚近くを売り上げる。
1999年にはポチョムキンが東雲レコーズを立ち上げ、2000年には、第1弾として全国のラップ・グループをコンパイルした「RAP-WARZ
DONPACHI」をリリースし、餓鬼レンジャーとして「サタDEF NIGHT」を収録。この曲は、ここの作品より遥かにパワフルな仕上がりで、あらたなファンも獲得した。
そして2001年マキシシングル「火ノ国SKILL」リリース。オリコンのインディー・チャートは勿論、シングル・チャートにもランク・イン!!スニッカーズのCMソングにも起用される。
5月遂にメジャーデビューとなるマキシシングル「火ノ粉ヲ散ラス昇龍」をリリース。このシングルに収録されている「My
Style Is The Best」がボクシング元世界チャンピオンの畑山選手の入場曲に使用された。
9月にはアルバム「UPPER JAM」をリリース。
02年12月、アルバム「DA-PONG」をリリース。この時、DJ HIGH SWICH a.k.a.
HIROとG.P a.k.a. GREEN PEEACEが正式加入した。
●梶尾真治(小説家)
昭和22年12月24日生まれ
少年時代から熱心なSFファンとして活動、九州にカジシンあり、といわれた。
1971年〈SFマガジン〉に「美亜へ贈る真珠」を発表、珠玉の短篇の書き手として注目を集めたが、その後、亡父の跡を継いで家業に専念するため執筆から離れた時期もあった。
事業経営が軌道に乗ると作家活動を再開、熊本で石油販売会社を経営するかたわら、リリカルなものからドタバタまで、幅広いジャンルのSF作品を生み続けている。
短篇SF作家として主に活躍してきたが、最近は『サラマンダー殲滅』や『OKAGE』など、長篇作品が目立つようになってきている。
1991年日本SF大賞受賞。
2003年には熊日夕刊に1999年4月から一年間掲載され、後に単行本化(新潮社刊)され話題となった連載小説「黄泉がえり」が同名で映画化されることになり、
人気グループSMAPの草なぎ剛の主演で公開される。
●柏田貴史(プロ野球選手/読売ジャイアンツ)
昭和46年5月14日生まれ
八代工高時代、高校3年間で3度のノーヒットノーランを達成。甲子園出場経験は無し。
1989年ドラフト外で読売ジャイアンツへ入団。96年オフ、読売ジャイアンツを自由契約となり、97年よりメジャーリーグ(ニューヨークメッツ)に挑戦。
98年より、再び読売ジャイアンツに復帰。
●片岡安祐美(野球選手/茨城ゴールデンゴールズ内野手)
昭和61年11月14日生まれ
画図小(軟式)−出水南中(軟式)−熊本商高(硬式)
小学3年生の冬、父の影響で野球を始め、中学校までレギュラーで活躍。
中学3年生の時にお父さんからの勧めで受けた女子硬式野球日本代表チームの試験に見事合格。
甲子園に行きたいという望みを捨てずに僅かな希望を持って熊本商業高校の硬式野球部に入部。
高野連の規定で公式戦に女子の出場は認められていない事を知りつつも、男子部員に混じり練習を続けた。
女子硬式野球日本代表には、三年連続で選出され、第3回世界女子野球世界大会(2003年・オーストラリア)にレギュラーで出場。優勝を決める。
2005年、高校卒業後、流通経済大学に合格。同時にタレントの萩本欽一氏が監督を務める社会人野球のクラブチーム「ゴールデンゴールズ」に入団1号選手として入団。初の女性プロ野球選手を目指す。
●堅山南風(故人/日本画家) ‐熊本市坪井出身
1887〜1980 本名:堅山 熊次
はじめ、新聞の挿し絵等を書いていたが、その後上京。
1913年、第七回文展に「霜月頃」を出品して横山大観に認められる。
第二次世界大戦後も日展審査員をつとめながら「白雨」や「応接間の人」等を発表し、昭和41年には、日光東照宮の「鳴龍」を描いた。
昭和43年には文化勲章を受章。
つねに故郷を忘れる事がなく、その多くの作品には郷土色がにじみ出ている。
●勝野洋(俳優) ‐阿蘇郡出身
昭和24年7月27日生まれ 本名:勝野 六洋
青山学院在学中の昭和48年、現代演劇協会に入り、翌49年テレビ「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)に起用され、ストイックなキャラクターが評判を呼び、人気者に。以後、テレビ「姿三四郎」「俺たちの朝」「ストックホルムの密使」「新宿鮫」、映画「夜が崩れた」「犬笛」「ブルークリスマス」等に出演。妻のキャシー中島はタレント、娘は女優としてそれぞれ活躍。
●金栗四三(故人/元 マラソン選手) -玉名郡春富村(現三加和町)出身
1891〜1983 本名:池部四三
東京高師在学中の明治45年ストックホルム五輪に日本人選手として初めて三島弥彦とともに出場したのを皮切りに、大正9年アントワープ五輪、同13年のパリ五輪と3回連続で五輪マラソンに出場。その後、東京女子師範等で教員生活の傍らマラソンの普及指導に当たり”マラソンの父”と呼ばれる。大正9年の箱根駅伝、昭和22年朝日マラソン(現・福岡国際マラソン)の創設に参加。戦後は郷土の熊本で農耕をしながら、熊本県体育協会長、同県教育委員長等を努めた。昭和58年11月13日死去(肺炎)
●叶高 昭和29年7月24日生まれ(歌手)
●叶正子 昭和27年6月23日生まれ(歌手)
きょうだいの高、正子、央介、従姉妹の卯月節子とコーラスグループ”サーカス”を結成。
昭和53年「Mr.サマータイム」でデビュー。化粧品メーカーのキャンペーンソングとなりチャート1位
を獲得。
以後「愛で殺したい」「アメリカン・フィーリング」「ビューティフル・シーズン」などのヒット曲を出す。
平成6年にはNHK教育「英語ポップス歌唱法」で歌唱指導を担当。
●川上哲治(元 プロ野球選手/元読売ジャイアンツ監督)
-人吉市出身
大正9年3月23日生まれ
熊本工業時代に甲子園へ春夏3回出場。
昭和13年巨人に入団。初めは投手だったが一塁手に転向、不動の4番打者として戦前、戦後の巨人軍の黄金時代を築いた。
首位打者5回、本塁打王2回、打点王3回、MVP3回獲得。通算打率 .313など輝かしい記録を残し、昭和33年現役引退。”打撃の神様”といわれた。
昭和36年巨人軍監督に就任。同49年まで14年チームを率いて11回優勝。うち40年からは9連覇という空前の偉業を達成、巨人軍第3期黄金時代を確立した。その後はNHKの野球解説者として活躍。少年野球の指導等にも力を入れる。
昭和40年殿堂入り。背番号「16」は永久欠番。実働18年、7500打数2351安打、1319打点、181本塁打。
●川上優子(陸上選手/長距離)
昭和50年8月1日生まれ
熊本信愛女学院時代はインターハイ出場の経験はないが、平成6年沖電気宮崎に入社し、広島日出国監督の指導を受けて以来、急速に力をつける。
平成8年5月水戸国際では31分52秒54の一万メートル日本最高記録をマーク。同年日本選手権一万メートル2位
となり、アトランタ五輪一万メートルでは7位入賞。
平成9年宮崎女子ロードレース・ハーフマラソンで初優勝。
●北里柴三郎(故人/医学博士) ‐阿蘇郡北里村(現阿蘇郡小国町北里)出身
1852年12月20日生まれ
ドイツのローベルト・コッホの研究室で貴重な研究業績をつぎつぎに発表、とりわけ破傷風菌の純粋培養法の確立と血清療法の発見は前人未踏のもので、世界の医学界にその名をとどろかせた。
●北原白秋(故人) ‐玉名郡南関町出身
●北村栄基(俳優・モデル)
昭和56年2月3日生まれ
代表作に映画「ウォーターボーイズ」 嵐主演 の「ピカ☆ンチ」テレビドラマ
「ごくせん」「伝説の教師」「FACE〜見知らぬ恋人〜」「天国に一番近い男」「美少女H」
などがある。
●木下明水(コメディアン/グループ名:ジョビジョバ)
昭和46年9月26日生まれ
'92年ジョビジョバ旗揚げ時からのメンバー。'93年「ジョビジョバ大作戦」では、作・演出も手掛ける。
どうやら、武田信玄と豊臣秀吉の血筋を受け継ぐ、由緒正しいおぼっちゃまらしい。
Jovi Jova Official Web Site サイバーモンキーズ
●木村政彦(故人/柔道家) -熊本市出身
大正6年9月10日生まれ
昭和10年18歳の時、明治神宮大会大学高専の部で優勝して以来。25年に引退するまで全くの負け知らずで、無敵を誇った柔道家。この間、昭和15年の皇紀二千六百年奉祝天覧試合で5試合連続一本勝ちで優勝した。
引退後は、プロ柔道結成に参加し、26〜35年はプロレスラーとして力道山らと共に活躍した。
平成5年4月18日死去(呼吸不全)
●Kimeru
昭和55年6月17日生まれ
1999年から熊本で全逓で外務員として活躍した後、01年12月5日「You got
game?」でメジャーデビュー。
02年12月4日に発売された第2弾シングル「Make You Free」がテレビ東京系アニメーション「テニスの王子様」のオープニングテーマ曲となる。
03年4月にはミュージカルに初挑戦した。
●清浦奎吾(故人/大正時代の内角総理大臣) ‐鹿本郡鹿本町出身
1850〜1942 旧姓:大久保
若い時、広瀬淡窓に学ぶ。1876(明治9)年、司法省に入る。
1890(明治38)年、首相山県有朋の推薦で法務大臣をつとめ、農商務大臣も経験した。
1924年(大正13)年、内閣総理大臣になり、貴族院中心の内角を組織し、政党政治を批判したため、世論の批難を浴び、総選挙にやぶれ、わずか六ヵ月で総辞職した。
昭和17年11月5日死去
●清元登子(元 プロゴルファー/日本女子プロゴルフ協会副会長) -熊本市出身
昭和14年6月15日生まれ 九州女学院(現ルーテル学院)高校卒業
アマ時代には日本女子アマを3度制し、1973年トヨトミレディースを勝つなど「プロより強いアマ」として活躍の後、1974年34歳でプロ転向してツアー優勝7回。
副会長を務める日本女子プロゴルフ協会ではジュニアの育成に力を注ぎ、基本の大切さを実体験から説くレッスン。賞金女王の不動裕理や古閑美保ら後進への指導や、強豪としてならした己の豊富なゴルフ経験から到達した理論を分かりやすく教える。
●紀里谷和明(フォトグラファー) -免田町出身
昭和43年生まれ 本名:岩下 和裕
昭和58年中学を中退し15歳で渡米して建築やデザインを学び、62年ニューヨークへ移住。
平成4年からニューヨークで写真家として活動。
11年に拠点を日本へ移し、HARPERS BAZAR、POOL、VOGUE Nippon、ロッキング・オン、H、などの雑誌を初め、宇多田ヒカル、MISIA、サザンオールスターズ・ミスター・チルドレン、SMAPなどのCDジャケット、オンワード“組曲”、資生堂、ロレアルなどの広告、宇多田ヒカルの「Final
Distance 」「Traveling」「サクラドロップス」などのPVを制作。
14年仕事をともにしたのをきっかけに歌手の宇多田ヒカルと電撃結婚し、一躍有名に。
実家は長者番付にも登場する資産家で、父親は岩下兄弟グループの弟として地元でも有名。
●釘宮理恵(声優)
昭和54年5月30日生まれ
主な出演作に「金色のガッシュベル/ティオ役」「住めば都のコスモス荘/エーデルワイス役」「アストロボーイ 鉄腕アトム/ニャン子役」「鋼の錬金術師/アルフォンス・エルリック役」「りぜるまいん/岩城りぜる役」「わがまま☆フェアリー ミルモでポン!/ムルモ役」「十二国記/泰麒役」「超重神グラヴィオン/ブリギッタ役」「ぴたテン/植松小星役」「美鳥の日々/真行寺耕太役」
等。
Kugimiya Net
〜Page about Rie Kugimiya〜
Blue mint blue|釘宮理恵非公式サイト
●くりぃむしちゅー(お笑いコンビ/元・海砂利水魚)
有田哲平 - あ行を参照
上田晋也 - あ行を参照
●グレート草津(元・プロレスラー)
昭和19年2月13年生まれ 本名:草津 正武
昭和35年八幡製鉄(現・新日鉄)入社。
ラグビー部でセカンドローとして活躍し、全日本代表に選ばれる。
昭和40年日本プロレスに入団、ジャイアント馬場の付き人になる。41年渡米して、サンダー杉山。ラッシャー木村らと共に国際プロレスに移籍。42年カナダのプロフットボールチーム・BCライオンズにも入団。43年日本デビュー戦で鉄人ルー・テーズと対戦して敗戦。主なタイトルはIWAタッグ。
後に国際プロレス副社長まで努めるが、56年同社倒産後、健康食品メーカー・日本バスコン初代特販部長に。平成5年退職し、独立。グレート草津エンタープライズを設立。
●黒土三男(脚本家・映画監督)
立教大学在学中にTBSで演出助手のアルバイトをし、その後フランス遊学。
業界誌記者等を経て、昭和54年TBS「コメットさん」でシナリオデビュー。
主なTV作品に「オレゴンから愛」「親子ゲーム」「花田春吉なんでもやります」
「とんぼ」「ボディーガード」などがある。
映画監督としても89年に映画「オルゴール」でデビューし、「渋滞」「英二」等の作品を手がけた。なお、熊本を舞台にした「英二」では、故郷熊本でロケを行った。
●古閑美保(プロゴルファー)
昭和57年7月30日生まれ 東海大第二高校卒
小学4年生で少年野球チームに入り、5年生ではエースで4番と唯一の女子選手ながらチームの大黒柱として活躍。同年、ジュニアゴルフ塾に入り初めてゴルフクラブを握る。
以後、数々のアマチュアタイトル、プロトーナメントベストアマを獲得。
96年九州ジュニア選手権 日本ジュニア選手権優勝。
99年・2000年日本女子オープンローアマ獲得。
プロテスト受験前にダンロップと総合契約を締結(2001年3月より4年間)。
2001年8月にプロテスト(73期生)に一発合格。
二次テスト免除資格(前年度日本女子オープンローアマ)を放棄。緊張感と実戦感覚の維持のため、あえて二次テストより受験し、見事、最終テスト合格を果
す。プロデビュー戦の日本女子オープンで20位タイ。出場1試合で賞金ランク
144位(\649,200円) 。
02年、出場8試合で賞金ランク88位(\3,451,900円)。
03年、ヨネックスレディース初優勝。大王製紙エリエール優勝と、優勝2回を果
たす。獲得賞金56,918,980円、賞金ランク3位。
70年代に「プロより強いアマ」として活躍した清元登子との師弟関係は有名。
●後藤大輔(映画監督)
●古葉竹識(元 プロ野球選手及び監督) -熊本市出身
昭和11年4月22日生まれ
済々黌高2年の時、三塁手、二番打者で春の選抜高校野球に出場。専修大に進むが、8ヶ月で中退し、社会人野球の日鉄二瀬に入る。
昭和33年広島に入団。45年南海に移り、49年再び広島に戻る。通算1501試合に出場して、打率
.252、盗塁数263。39年、40年と2年連続盗塁王に輝いた。
昭和50年広島の監督に就任。60年に退団するまで監督10年でリーグ優勝4回、3度の日本一を果
たした。61年シーズン終了後、大洋の監督に就任するが、平成元年10月成績不振の責任をとって辞任した。
●小嶺麗奈(女優) ‐熊本市出身
昭和55年7月19日生まれ 本名同じ
中学1年の時に篠山紀信撮影による写真集「少女革命」のモデルの一人に選ばれ、その写
真が石井聡亙監督の目に留まったことから同監督作品「水の中の八月」のヒロインに選ばれる。平成7年同作品で映画デビュー。
8年テレビドラマ「3年B組金八先生」「イグアナの娘」のいじめっ子役で話題となる。同年石井監督の映画「ユメノ銀河」では主役もつとめた。その他、CFやグラビア雑誌のモデルとしても活躍。
●小山薫堂(放送作家) -本渡市出身
昭和39年6月23日生まれ
日本大学芸術学部放送学科在学中より放送作家として活動を開始。
昭和60年に「11PM」の台本にたずさわりデビュー。
深夜の大ヒット番組「カノッサの屈辱」で注目を浴び、社会事象をウィットに富んだ手法で紹介する内容で、多くのファンを獲得。
平成5年、第10回テレビジョンATP賞特別賞受賞。
その後、「料理の鉄人」「ハンマープライス」「進ぬ! 電波少年」「パパパパPUFFY」「世界遺産」「サプライズ!」「ほんパラ!痛快ゼミナール」「イタリア通
」など、数多くのヒット番組を手がける一方、J-WAVEやFM横浜でもラジオ番組を企画、プロデュース。自らパーソナリティーもつとめる。
その他「BRIO」「dancyu」「POPEYE」「マンスリーm」「放送文化」などの雑誌でも連載。その独特の語り口に魅せられたファンも多い。
●ゴリけん(お笑いタレント)
昭和48年10月24日生まれ 本名:町田 健一郎
ワタナベエンターテインメント所属
NSC17期生。1998年6月デビュー。
プロ野球の伊良部選手のものまねや、テレビ東京の人気番組「元祖!でぶや」等で活躍。
●コロッケ(ものまねタレント) ‐熊本市出身
昭和35年3月13日生まれ 本名:滝川 広志
第一工卒業後上京。昭和55年、日本テレビの「お笑いスター誕生」に出演し、銅賞・銀賞を受賞してデビュー。
56年六本木のディスコ・キサナドゥで”ものまねショー”が恒例になり、徐々に人気が上昇。その後はものまね番組の「ものまね四天王」として活躍。
レパートリーは千昌夫、美川憲一、志村けん、島倉千代子、ちあきなおみ、所ジョージ、野口五郎、ほか多数と幅広い。
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