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あ行
●秋山幸二(元プロ野球選手) ‐八代郡宮原町出身
昭和37年4月6日生まれ
熊本県八代高校より81年ドラフト外で西武ライオンズに入団。
正力賞(91)、本塁打王(87)、盗塁王(90)、最多勝利打点(85、87) 他、多数受賞。
西武に入団して以来、三拍子そろった大型野手として22年間にわたって球界を引っ張ってきたが、持病の疲労性腰痛の影響などもあり、常時出場が難しい状況になり、体力的な衰えは隠せず、チームも逆転優勝が絶望視されていることから、現役最年長野手の40歳になった02年、静かに引き際を決意し、ダイエーホークスを退団した。
●朝日健太郎(バレーボール選手) -熊本市出身
昭和50年9月19日生まれ 鎮西高校出身 。
小学校まではサッカーをやっていたが、中学でバレーボールを始める。鎮西高校3年時に高校選手権、インターハイで準優勝。
法政大学4年時には、内定選手としてサントリーからVリーグに出場、新人賞、ブロック賞を受賞。平成6年全日本に初選出される。
のち、全日本の中心選手として活躍。98年4月サントリーサンバーズ入団。
●天草四郎時貞(故人)‐宇土郡 郡浦出身
1622〜1638 小西行長の遺臣・益田甚兵衛好次の子。
幼少の頃より学問を好み長崎にわたって学問するかたわらキリシタンの教会に通
う。
天草の領主の肥前の唐津藩主寺沢堅高と島原の領主の松倉勝家のキリシタン信徒に対する迫害と凶作により、寛永14年10月に島原と天草で起こった一揆軍の総大将として天草の各地で奮戦。
寛永15年原城の陥落により、ほぼすべての一揆勢とともに17歳の若さで死亡した。
●荒木とよひさ(作詞家・歌手) -熊本市出身
昭和18年9月19日生まれ
ヒット演歌の作詞家として有名だが、大ヒットした「めだかの兄妹」をはじめ、子供番組用の詞も書く。
アリスの為に書いた詞を自ら歌って歌手デビュー。代表作に「四季の歌」「心凍らせて」などがある。
●荒木雅博(プロ野球選手/中日ドラゴンズ) -熊本県菊池郡菊陽町出身
昭和52年9月13日生まれ
菊陽中部小学校3〜5年生のときは剣道部、6年生のときはサッカー部に所属。
菊陽中学から野球部に入部、2年生のときからキャプテンを務める。
熊本工業高校時代には遊撃手として春の高校選抜に2回出場。
平成7年、中日ドラゴンズのドラフト1位としてプロ入り。
内外野問わず守れチームトップクラスの俊足を誇るが非力な打撃力のため打撃開眼の可能性を捨て最初から内野安打の数を増やす狙いで左打席に転向する。
良い当たりよりヒットになる確率が高いボテボテのゴロを一本でも多く打つのが目標。
●有田哲平(コメディアン/コンビ名:くりぃむしちゅー(元・海砂利水魚)) ‐熊本市出身
昭和46年2月3日生まれ
済々黌高校在学中、現在の相方・上田晋也と知り合う。当時はラグビー部在籍。
卒業後、弁護士を目指し上京。一浪して立教大学法学部に入学する。しかし、先に中退した上田が有田をお笑いに引きずり込む為、勝手に有田の退学届けを出す。
その後、有田も中退し、二人でお笑いの道へ。コント山口君と竹田君に師事する。
1990年「海砂利水魚」でコンビ結成。コンビ名の由来は伊豆のカレー屋から。
結成当時は上田がボケ役。有田がツッコミ役であったがうまくいかず、現在の形に。
2001年、TBS系「新ウンナンの気分は上々。」(9月28(金)放送)で「さまぁ〜ず」とのバレー対決に負けて「海砂利水魚」を半年間限定で「くりぃむしちゅー」に改名。
「くりぃむしちゅー」の名前の由来は同番組のロケで移動中の車中でウッチャンナンチャンの内村光良が有田に「食べ物で何が好き?」という質問をしたところ、有田が満面
の笑みで「クリームシチューです♪」と答えたところから。
改名に伴いキャッチフレーズの「邪悪なお兄さん」も「おちゃめなお兄さん」に変更した。
「くりぃむしちゅー」になってからは、飛躍的に人気が上昇。テレビで彼らを見ない日はない、というほど大活躍。
公式サイト
くりちゅ〜あちちなってなんだよ!!
●伊沢一郎(俳優) -菊地郡河原村出身
明治45年2月22日生まれ 本名:萱野 季男
日活太秦の俳優として活躍。17年、日活制作部門の大映への統合とともに移籍するがまもなく応召。その後21年に復帰。29年に松竹大船に転ずるが、33年に復社。その後フリーとなり「不毛地帯」「夜明けの旗」などで中堅俳優として活躍。
テレビでも現代劇、時代劇を問わず多数出演。昭和30年代の人気番組「特別
機動捜査隊」のデカ長をはじめ「特捜最前線」「ザ・ハングマン」で渋い演技をみせた。平成7年5月14日、脳硬塞で死去。
●石川さゆり(歌手) ‐熊本市飽田町出身
昭和33年1月30日生まれ 本名:石川 絹代
昭和47年フジテレビのドラマ「光る海」で芸能界デビュー。昭和48年「かくれんぼ」で歌手デビュー以来、演歌一筋で、「津軽海峡・冬景色」「波止場しぐれ」「天城越え」などのヒット曲あり。
石川さゆりOFFICIAL
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●石田えり(女優) -八代市出身
昭和35年11月9日生まれ 本名:内田 恵理子
中学3年の時、チャーリー石黒のオーディションを受けてスカウトされ上京。
昭和53年映画「翼は心につけて」でデビュー。昭和56年「遠雷」のヒロイン役で日本アカデミー賞優秀女優賞と新人俳優賞の両方を受けて注目された。
昭和57年「ドリームガール」で初舞台を踏み、ゴールデンアロー賞新人賞を受賞。
以後、「チ・ン・ピ・ラ」「飛ぶ夢をしばらく見ない」「ちょうちん」「華の乱」「ダウンタウン・ヒーローズ」「釣りバカ日誌シリーズ」など多数の映画に出演。
●出渕誠(お笑い芸人/コンビ名:レイザーラモン)
昭和49年6月8日生まれ
一世を風靡したレイザーラモンHG(住谷正樹)の相方。
小学生の時、愛媛県八幡浜市へ引っ越す。
立命館大学のプロレス同好会(RWF)に所属していた大学時代に住谷正樹と出会い、1997年10月、お笑いコンビ「レイザーラモン」を結成。卒業記念でエントリーした「今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で福笑い大賞を受賞。
その後、2丁目劇場のオーディションライブ「SABIKI」などに出演し、腕を磨いた。
大学卒業後はカーディーラーに就職し、営業職などを務めるが、程なく脱サラして吉本興業入り。
1999年、バッファロー吾郎プロデュースの「爆笑新ネタ逆転満塁ホームラン寄席」に初出演。
2000年、「ABCお笑い新人グランプリ」で審査員特別賞を受賞。
2001年11月、住谷正樹と共に吉本新喜劇入団。
吉本新喜劇の小籔千豊(元ビリジアン)とのユニット「ビッグポルノ」としても活動し、「冴羽りょう」の芸名を使用することもごくたまにある。
物真似を得意とし、デーブ・スペクター、中島らも、井上公造、カルロス・トシキといったレパートリーを持つ。
新喜劇での持ちギャグは「超音波攻撃」(別名・雅楽)など。
得意なプロレス技はフライングニールキック。
●井手らっきょ(タレント/オフィス北野)
昭和34年12月11日生まれ 旧芸名:井手ひろし 本名:井手 博士
水谷豊、アントニオ猪木等を得意とするものまねタレントとしてデビュー。
その後、たけし軍団に加入し、「スーパーJOCKEY」「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」「さんまのオールスタースポーツするぞ!」その他、ゲスト、ドラマ出演等、幅広く活躍。芸能界きってのスポーツマンとしても知られる。
「3-4x10月」('90)「どつきどつかれ」('98)「菊次郎の夏」('99)等、映画などでも活躍。
●伊東勤(西武ライオンズ監督/元
プロ野球選手) -熊本市出身
昭和37年8月29日生まれ
熊本工時代に甲子園に出場。昭和56年西武球団の職員となり、翌57年にドラフト1位
で西武に入団。捕手として活躍し、その後、ベストナインに何度も選ばれ、ゴールデングラブ賞も受賞。西武黄金期を築く。
2003年9月27日をもって、22年間の現役生活にピリオド。
同年、西武ライオンズの監督に就任。
翌04年、監督就任初年度で西武ライオンズを日本一に導いた。
●犬童球渓(故人・音楽家) ‐球磨郡藍田村(人吉市西間下町)出身
1879〜1943 本名:犬童信蔵
小学校の代用教員をしていたが、その後熊本師範学校に入学し、音楽の才能を現す。
1902(明治35)年、上野の東京音楽学校(東京芸大)に入学、苦学の末卒業した。その後新潟高女に在職中に「旅愁」や「故郷の廃屋」などを作詞した。
1908(明治41)年、県立第一高女(第一高校)に奉職、人吉高女を経て退職するまで、250余りの作詞作曲を行った。
●井上修(漫才師)
昭和46年5月9日生まれ
1987年幼馴染の松田成史(おタコ・プー)とワンダラーズを結成。
現在はコンビ名を改名し「プー&ムー」で活躍中。
●井上毅(故人 明治時代の政治家) ‐熊本市坪井出身
1844〜1895 教育勅語、大日本帝国憲法の起草者。
熊本市坪井の飯田家に生まれ、その後井上家に養子へ。
時習館に学び、居寮生に選ばれる。また、横井小楠の教えを受ける。
1870(明治3)年に上京し、司法省に入る。その後、フランスに留学。帰国後、近代国家をつくるために必要な法律の起草にあたる。
特に、伊藤博文らと大日本帝国憲法や皇室典範の原案を作った事は有名で、のちに伊藤内角の文部大臣もつとめた。
●井上真二(元 プロ野球選手・読売ジャイアンツ) -玉
名郡南関町久重出身
昭和41年7月12日生まれ
昭和60年熊工卒業後、ドラフト5位で巨人入団。昭和62年にイースタンで16本塁打を打ち、本塁打王に。翌63年に一軍に上がり、26試合に出場。
平成元年に2か月で12本塁打を飛ばし、オールスターにも出場する。
1998年、現役引退。
01年シーズンより、読売ジャイアンツ二軍打撃コーチ就任。04年からは一軍の打撃コーチになる。
●井上晴美(女優) ‐熊本市出身
昭和49年9月23日生まれ 本名:北村 仁絵 熊本商業高校出身
小学6年生の時、平泳ぎで九州チャンピオンになり、中学2年まで水泳を続ける。一方。中山美穂に憧れてアイドルを目指す。平成3年テレビ番組「アイドル共和国」でグランドチャンピオンに選ばれ、同年「ふりむかない」でレコードデビュー。
その後「スチュワーデスの恋人」「正義は勝つ」「最高の片思い」「お願い!ダーリン」「ナースのお仕事」等、テレビドラマに多数出演。
●岩崎芳美(競艇選手)
昭和47年8月17日生まれ
初優勝はデビュー7年目の平成11年浜名湖女子戦。
平成13年前期から3期連続6点台A1級と女子戦のスターに。
同年、大村の九州地区選手権でG1にも参戦。
樫葉次郎と結婚し、熊本から香川へ転居。
14年3月徳山の女子王座決定戦でインから03スタートを決め、ついに「女王」の称号を手にすると共に、G1初優勝を達成した。
●岩本真典(ハンドボール選手)
昭和45年9月28日生まれ
熊本県立商業高校出身。
●上田晋也(コメディアン/コンビ名:くりぃむしちゅー(元
海砂利水魚)) ‐熊本市出身
昭和45年5月7日生まれ
済々黌高校在学中、現在の相方・有田哲平と知り合う。当時はラグビー部在籍。
卒業後上京。一浪して早稲田大学教育学部に入学する。しかし、お笑いタレントを目指すべく中退し、有田をお笑いに引きずり込む為、勝手に有田の退学届けを出す。
その後、有田も中退し、二人でお笑いの道へ。コント山口君と竹田君に師事する。
1990年「海砂利水魚」でコンビ結成。コンビ名の由来は伊豆のカレー屋から。
結成当時は上田がボケ役。有田がツッコミ役であったがうまくいかず、現在の形に。
2001年、TBS系「新ウンナンの気分は上々。」(9月28(金)放送)で「さまぁ〜ず」とのバレー対決に負けて「海砂利水魚」を半年間限定で「くりぃむしちゅー」に改名。
「くりぃむしちゅー」の名前の由来は同番組のロケで移動中の車中でウッチャンナンチャンの内村光良が有田に「食べ物で何が好き?」という質問をしたところ、有田が満面
の笑みで「クリームシチューです♪」と答えたところから。
改名に伴いキャッチフレーズの「邪悪なお兄さん」も「おちゃめなお兄さん」に変更した。
「くりぃむしちゅー」になってからは、飛躍的に人気が上昇。テレビで彼らを見ない日はない、というほど大活躍。持ち前の知識を生かし、「うんちく王」と呼ばれる。
公式サイト
くりちゅ〜あちちなってなんだよ!!
●上野未来(タレント)
昭和60年9月25日生まれ
雑誌のグラビアやテレビCMなど、幅広く活躍。主な出演作に、映画・「ウォーターボーイズ」、CM・大塚製薬(株)「ファイブミニ」、テレビ番組・フジテレビ「笑う犬の冒険」の"ハンサム侍" TBS「学校へ行こう!」、グラビア・集英社「週刊ヤングマガジン」などがある。
アーティストハウス・ピラミッド
●牛原虚彦(故人/映画監督・劇作家) -熊本市京町出身
明治30年3月22日生まれ 本名:牛原清彦
東大卒業と同時に松竹キネマに入り、翌年「山暮るる」で監督デビュー。
たびたび渡米してはハリウッドの映画手法を学び、邦画に新風を吹き込んだ。
無声映画時代からの監督で、日本映画界の最長老だったが、昭和60年5月20日脳血栓で死去。
●うすた京介(漫画家) -菊地郡西合志町出身
週刊少年ジャンプに連載された「すごいよ!マサルさん」が大ヒットしアニメ化に。
他に「武士沢レシーブ」「ピューと吹く!ジャガー」などを連載。
●内柴正人(柔道選手) -合志町出身
昭和53年6月17日生まれ
一の宮中学時代から頭角を現し、パワー十分の粘り強い攻めを生かして。
かつては60kg級のホープとして活躍。
1999年に嘉納杯、オーストリア国際で優勝し、同階級の五輪金メダリストの野村忠宏を追う存在として期待を集めた。
02年釜山アジア大会3位。
国内外の大会で優勝を重ねたが、 03年の全日本選抜体重別で減量に失敗して失格。五輪強化指定選手からも外されるなど、どん底を体験した。
03年全日本体重別選手権後に周囲の励ましを受けて、60kg級から階級を66kgに上げて再起を図ったのが功を奏し、同階級で再び勝利を重ねるようになる。その後は破竹の進撃で一気に国内トップの座へ。
04年のドイツ国際に優勝。同年5月のアジア選手権でポイントを稼ぎ、自ら代表枠を確保して、アテネ五輪へのキップを手にする。
04年アテネ五輪・柔道66kg級に出場し、オール一本勝ちで見事金メダルを獲得した。
●内村光良(コメディアン・俳優) ‐人吉市出身
昭和39年7月22日生まれ 本名:同じ 人吉高等学校出身。
映画監督になる為上京、1983年4月「横浜放送専門学校」(現在の日本映画学校)に入学。
そこで漫才の授業の時に残ったもの同士の南原との運命の出会い。
その後、「ウッチャンナンチャン」結成。昭和60年「お笑いスター誕生」にて優勝を果
たす。
マセキ芸能社公式サイト
ウンナンの気分はホントコ!
●梅崎俊春(ミュージシャン/グループ名:H∧L)
昭和38年1月14日生まれ
シンセサイザープログラマーとして数多くのアーティストのレコーディングやツアーなどに参加してきた梅崎俊春と、バンド活動と並行してほかのアーティストへの楽曲提供やプロデュースを手がけてきた佐藤あつしによって1996年にHALを結成。リミキサーとして浜崎あゆみやEvery
Little Thing、TRINITYらのリミックスを手がけて話題となるが、その後、女性ボーカリストのHΛLNAが加入して3人組ユニットになる。2000年10月、デビューシングル「DECIDE」をリリース。この曲はテレビ番組やCMでもオンエアされた。
●江口寿史(漫画家) ‐水俣市出身
昭和31年3月29日生まれ
1977年2月「恐るべき子供たち」(週刊少年ジャンプ)でデビュー。
同年4月「8時半の決闘」が赤塚賞に準入選。
9月には「すすめ!パイレーツ」の連載を開始する。
以降「ひのまる劇場」「ストップ!!ひばりくん!」「エイジ」「エリカの星」などの作品がヒット。
大友克洋原作・脚本のアニメ映画「老人Z」のキャラクターデザインやファミリーレストラン「デニーズ」のイラスト、CDデザイン等も手掛け、特に女の子の絵は高い評価をうけている。
●江崎実生(映画監督) -熊本市出身
昭和7年1月3日生まれ 本名:江崎 雅一
昭和29年日活に助監督として入社。市川昆、井上梅二、舛田利雄などについた後、昭和37年契約監督となる。翌38年「花嫁は15才」でデビュー。
石原裕次郎主演のムード・アクション「黒い海峡」「帰らざる波止場」「夜霧よ今夜も有難う」や、小林旭主演の「黒い賭博師・ダイスで殺せ」「マカオで殺せ」等、日活アクションの代表的な監督の一人として活躍。
テレビでも「大江戸捜査網」「スチュワーデス物語」「スクールウォーズ」などの代表作がある。
●エスパー伊東(タレント・エスパー?)‐熊本市出身
幼少の頃、頻繁に見た予知夢をきっかけに自己の超能力に気付く。
少年時代に観たテレビの超人番組「万国ビックリショー」「奇人変人」、劇画「空手バカ一代」、ブルース・リーに憧れを抱き、気功、武術、ヨガ呼吸法といった東洋的なトレーニングで鍛え始める。
1998(昭和63)年、何気なく主宰した「不思議サークル」が雑誌に取り上げられたのがきっかけで、1989(平成元)年、テレビデビュー。
その後、「笑い」と「超能力」をミックスした超人芸で一躍有名に。
●緒方耕一(元 プロ野球選手/読売ジャイアンツ) -久留米市生まれ
昭和42年9月2日生まれ
熊本工3年の時、春夏連続して甲子園に出場し、昭和62年ドラフト6位で巨人入団。
ベース1周13秒台というチーム一の俊足で63年イースタンの盗塁王に輝く。
スイッチヒッターとして平成元年に一軍に上がり、新しい戦力として巨人に優勝に貢献。平成2年、5年にも盗塁王に輝く。
1998年、持病の腰を理由に引退。野球評論家として再スタート。
02年シーズンより、読売ジャイアンツ二軍外野守備走塁コーチに就任。03年、一軍コーチへの昇格が検討されるが、辞任。
04年、再び野球評論家へ。
●荻野目慶子(女優) -熊本市出身
昭和39年9月4日生まれ
12才の時、劇団ひまわりに入り、昭和54年夏、東宝芸術座の「奇跡の人」のオーディションに合格。ヘレンケラーの少女役を演じて彗星のように登場、一躍注目を集めた。翌55年NHKの大型ドラマ「阿修羅のごとく2」でも好演、以来、ドラマ・映画で活躍。一時学業に専念したが、昭和58年映画「南極物語」で復帰。
同映画のイメージソング「愛のオーロラ」で歌手としてもデビューした。
その後「バカヤロー2」「ウルトラQ」「陽炎」「いつかギラギラする日」等でも活躍。妹は歌手の荻野目洋子。
●小沢まゆ(女優)
昭和55年8月22日生まれ
平成13年、奥田瑛二第一回監督作品「少女 an adolecent」に主演して女優デビュー。
同作品でギリシャの第42回テッサロニキ国際映画祭(平成13年11月)、モスクワでの国際映画祭「第7回Faces of Love」(平成14年1月23日)、第17回パリ映画祭(平成13年4月9日)で主演女優賞受賞。同作品はまたパリ映画祭とロサンゼルスでのAFI映画祭(平成14年11月)においてグランプリを受賞。
平成15年3月には、ダブル受賞を果たしたパリで主演映画「少女」が公開された。
●尾田栄一郎(漫画家) ‐熊本市出身
昭和50年1月1日生まれ
中学2年の時から本格的に漫画を書きはじめる。鳥山明氏の「ドラゴンボール」に衝撃を受け、東海第二高の時投稿した「WANTED!」で少年ジャンプ手塚賞準入選。
大学を中退して上京し、甲斐谷忍、徳弘正也、和月伸宏の3人のアシスタントを3年間務めた。
アシスタント時代に読切の海賊漫画「ROMANCE DAWN」を描き、平成9年から週刊少年ジャンプに「ONE
PIECE」を連載し、ヒットする。
Web Ring ONE
PIECE Web Ring
●おタコ・プー(漫才師)
昭和47年1月17日生まれ 本名:松田 成史
1987年、幼馴染の井上修とワンダラーズを結成。
デビュー間もない頃のおタコ体操で一斉を風靡し、一躍福岡吉本のトップスターに。
ラジオパーソナリティーとしてもクロスFM「ハイパーサンデー」を7年間担当。
99年からは「ゴリソン」でKBCラジオに登場。そのまま後番組「おタコのクセに!」のメインパーソナリティとなる。2年半、ディスナーの良き兄貴として多数の変態中高生を育て上げた。
現在はコンビ名を改名し「プー&ムー」で活躍中。
●小山卓治(シンガーソングライター)
学生時代からバンドを作ってライブハウスなどで歌っていたが、昭和57年上京。
音楽事務所「りぼん」に認められ、58年「フィルム・ガール」でレコードデビュー。
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