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むかし、木山の町に木山弾正という殿様がいました。その殿様の家来に宮園兵部という若者がいました。兵部は背が高く、顔かたちもよく、そのうえ剣術にもすぐれた立派なさむらいでした。その兵部が、ある年のこと、病気になって寝ついてしまいました。ひどい病気で、さすがの兵部もすっかり痩せ細って歩く元気もなくなりました。これではお城のつとめもできませんので、しばらく休んで養生することにしました。そのうちに、からだの調子もいくらかよくなってきました。
「だいぶ元気が出たごたる。こん分ならもうしばらくしたらお城にのぼるこつもできそうばい。ばってん、そん前にすこし体ばならしておかんといかんばい。河原の滝は、たいそう体によかて聞くけん、一度行ってみよう。」
兵部は朝早く起きて、弁当をさげ、河原の滝へのぼっていきました。着いてみると、うわさの通
りすばらしい滝です。きれいな水しぶきをあげて落ちています。周りには大木がおいしげって、いかにもすずしそうです。今までふき出していた汗がすうっとひいてしまいました。
「こらすずしか。木山では暑してたまらんとに、ここはまったくの別天地たい。こらあ、よかところに来たばい。」
兵部は滝にうたれたり、弁当を食べたりして、長いこと座っていました。
「さて、ぼちぼち帰ろうか。長いこつ遊んだばい。」
ひとりごとを言って立ち上がり、腰に刀をさしながらひょいと滝のほうをみると、なにやら白いものが立っています。
「なんだろか。こぎゃん(こんな)滝のあたりに人間のおるはずはなかし(いるはずはないし)。」
目をこらして見ましたがわかりません。兵部は変だなとは思いましたが、いつまでも見ているわけにはいきません。あきらめて帰ろうとしました。そしてもう一度目をあげた兵部は、「ギョッ。」として立ち止まりました。さっきの白いものが滝の水の上をすべるようにおりているのです。兵部の背すじに冷たいものが走りました。しかし、そこはさむらいです。刀のつかに手をかけて、その白いものをじっとにらみつけました。よくみると、白いと思ったものは、若い女の姿でした。
「いくらなんでん、人間が水の上ば歩くはずがなか。こらあ、きっと化けもんにちがいなか。見とけよ。化けもんなる切り捨てちくるっばい。」
若い女は、そんな兵部のことなどおかまいなしに、どんどん近づいてきます。
「ほんとうにご無礼しました。さぞ、びっくりしなはりましたろう。」
近づいたむすめの姿を見ると、兵部はまたおどろきました。むすめの顔は、まぶしいように美しくかがやいて見えました。兵部は、あまりの美しさに、しばらく見とれてしまいました。
すこし落ち着くと、背中をしゃんと伸ばしてたずねました。
「あなたは、いったいどなたですか?」
するとむすめは、かなしそうな小さい声で、自分は「寄姫」という名であることや、両親とは早く別
れて、この世には、だれひとり親しい人がいないので、ひとり滝の上のほら穴に住みついて、毎日機(はた)を織って暮らしていることなどを話しました。聞いていた兵部は人一倍気のやさしいさむ
らいですから、むすめがかわいそうになってきました。
「どうか、わたしを、あなたの家で使ってください。どんな仕事でもしますから。」
寄姫はうつむいて兵部にたのみました。兵部は美しいむすめのたのみを聞くと、このむすめが、滝の水の上をすべるようにおりてきたふしぎな人だということも忘れて、こんな人が手伝ってくれるなら、こんなに楽しいことはないなと思いました。
「そなたが来てくれたら、せっしゃも助かる。そなたのよかときに来てもらおう。」
兵部はむすめに家の場所をくわしく教えて帰りました。
次の日から、登城した兵部はさっそく殿様や上役や友だちへあいさつにまわりました。それに、いままで積もっていた仕事が山のようにあって、目がまわるようにいそがしい日が続きました。
そんな日のある夕方でした。
兵部が昼間の疲れた体を横たえていると、木戸口に女の声がしました。出てみると夕あかりの中に河原の滝で会ったあのむすめが立っていました。
「やあ、よう来たなぁ。つかれたろう。さあ、上がりなさい。」
それから、兵部と寄姫の生活が始まりました。
「寄姫、行ってくるぞ。」
「はようお帰りください。」
夫婦ではありませんが、兵部にとっては、しあわせな日々が続きました。
ある日の夕方、兵部は仲間といっしょに、木山川の土手を歩いていました。今日はみょうに口数が少なく、みんなむっつりとしていました。そのうちに仲間のひとりが思いきったように口をひらきました。
「おい、兵部。だまっとろうと思うとったが、どうも気になるけん言うておく。ほら、四、五日前に、俺が仕事で残っていた日があったろう。そん晩、夜中のニ時頃ここば通
りかかったら、河原のほうから太か(大きい)火の玉が飛んできた。うす気味の悪うなって、せんだんの木のかげにかくれて見よったら、そん火の玉
ん中に”みずや”(食器などを入れる戸棚)を背負うたむすめが入っとる。みとれるほどの美しい女だった。そん火の玉
が、おぬしの家の戸口から、すうっと入っていくのを見た。おぬしに心当たりはなかか?」
「そぎゃん(そんな)ばかな。」
兵部は、友だちがからかっているのだろうと思って、笑いながら歩いていきました。すると、もうひとりの友だちも真剣な顔をしていました。その友だちも昨晩、やはり火の玉
を見た。そして、その火の玉の中には、美しいむすめが機(はた)を織る機械をしっかりとだいて入っていた。そしてそれが、兵部の家の中に消えたというのです。
兵部の顔が急にこわばってきました。そう言われると、兵部にも思い当たるふしがありました。四、五日前に、寄姫が”みずや”を滝の上のほら穴から持ってきたいと言ったので、それを許してやったことがあるのです。昨日も寄姫は、昼間はひとりでたいくつだからと言うので、夕方から機織り機をとりに、滝の上のほら穴に帰っていったのです。
「もしや。」
兵部のまぶたには、滝を見に行った日のことがまざまざとよみがえってきました。滝の水の上をすべるように歩いてきた寄姫のことを思い出すと背中がぞっとしてきました。それに、話をしてくれた友だちは、ふたりとも、いいかげんなことを口にするような男ではありませんでした。
「さては、化けもんだったつか。」
兵部は急に走り出しました。かわいそうな身の上に同情して、寄姫を家に住まわせたことや、たのしい生活に満足してきた自分がなさけなくなりました。そして、自分をだましていた寄姫に、言いようのない、怒りがこみあげてきたのです。
兵部は、勢い込んで家の中にかけこみました。何も知らない寄姫は、おどろいて出迎えました。
「よくも、俺ばだましたな!」
兵部は、刀を抜くと、いきなり寄姫に斬りつけました。
「兵部様。」
悲しそうな声がしたと思ったら、ふしぎなことに、もうそこには寄姫の姿はありませんでした。
「やはり化けもんだったか。」
兵部は力がぬけて座ってしまいました。そして、一晩中明かりもつけずにじっと座っていました。
にこにこしながら水仕事をしていた寄姫のしぐさは、化け物なんかではない気品がありました。兵部が帰るとむかえに出る寄姫のうれしそうな表情は化け物どころか、ほんとうにしあわせそうな顔でした。
でも、寄姫が消えてしまったことは、なによりも化け物の証拠です。
夜が明けたので、兵部は力なく雨戸をくりはじめました。するとどうでしょう。血がぼたぼたと木戸のほうへ続いているのです。兵部は刀を手に庭にとびおりて、その血のあとをたどりました。その血のあとは、どこまでも、どこまでも続いているのです。はっと気付くと、兵部は、朝ぎりの立ちこめた河原の滝の上のほら穴の入り口に立っていました。
じっと目をこらしてほら穴を見ると、なにか白いものが横たわっているのです。近寄ってよく見ると、それは寄姫でした。その顔は、ほんのりとほほえんでいるようにも見えました。兵部は寄姫をだきおこしました。でも寄姫は冷たくなっていました。
兵部には寄姫を斬ったことがくやまれてなりませんでした。なぜ斬ったのか、このかわいい姫を・・・・・。兵部には、寄姫が化け物かどうかを考える余裕もありませんでした。それはどうでもよいことでした。心から寄姫をかわいそうに思いました。兵部は寄姫をまじまじと見つめて、自分が泣いていることに気付きました。
兵部は泣きながら、ほら穴の横に寄姫をほうむりました。
それから兵部を見たものはだれもいませんでした。そのほら穴の入り口に、もとどり(髪の毛を頭上に集め、たばねたところ)からばっさり切った兵部の髪の毛が、刀といっしょに置いてあったそうです。
月のきれいな夜は、滝の水音の合間に、「兵部様。兵部様。」と寄姫の悲しそうな声が聞こえると、村人たちは、うわさをしました。人々は、この滝のことをいつの頃からか、「寄姫の滝」と呼ぶようになったということです。現在は「白糸の滝」とよばれています。
おしまい。
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