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ずうっとむかし、五家荘から流れている氷川の上流のとある山里に、とても欲深い、ケチな男が住んでいた。ひとり者であったが、なかなかの働き者で、山を開墾し、穀物を作って暮らしていた。
そして、男は、「自分は、歳も三十をこえたので、そろそろ嫁ご(お嫁さん)をもらいたいな。」
と考え、「どこかに飯を食わんで、よく働くむすめはおらんだろか。」と探しはじめた。さすが、ケチな男である。
そこへ、それはそれは素晴らしくきれいなむすめが、男のそばを通りかかった。男は思わず、
「ごぎゃん(こんな)、美しかむすめは見たこつもなか。嫁ごに欲しかもんばいなあ。」
と、ひとりごとを言った。すると、声が聞こえたのか、そのむすめは話しかけてきた。
「あんたは、さっきからなんばぐずぐず言いよんなはっと?(言っておられるの?)」
「はい。わたしゃ、歳も三十をこしたし、金もだいぶ貯まったけん、飯を食わんでも、よう働くおなごがおれば、いつでも嫁さんにするばってん、と言いよったとですたい。」
「そぎゃんこつなら(そんなことなら)、わたしがちょうどよかですよ。飯食わんでも、働くことは、誰にも負けはしません。あんた、わたしば嫁さんにしてはいよ(してください)。」
と、その女はたいへん乗り気になってきた。
欲深い男は、
「そらあ、あんたは、わたしにとってうってつけの嫁さんたい。いますぐ来てはいよ。」
こうして、二人はめでたく結ばれた。そうして、仲良く、一生懸命に働いているうちに、だんだんお金も貯まり、米倉は米俵でいっぱいになってしまった。
そこで男は、少しなまけてお金を使って遊ぶことを覚え、二、三日遊んでは家に帰り、また二、三日しては家に帰りしていたが、ある日、米倉をひょいと覗いてみたら、米俵が減っている。
「嫁ごは飯食わんのに、米が減るとはおかしかなあ。」
と、いぶかりながら、一策を案じた。
そこで、嫁さんには、
「ちょっと、となり村まで遊びにいってくる。」
と言って、遊びに出たふりをしてそっと家に帰り、物陰に隠れて家の中の様子をじっと見ていた。
すると嫁さんは、倉の米をそっと持ち出し、いっしんに飯を炊いている。あんなにたくさんの飯を炊いてどうするのだろうかと、なおも気をくばって見ていると、にぎり飯をザルいっぱい山のように積み重ねると、裏山の方へそれを持って行ってしまった。
そっと後をつけてみると、険しい山をずんずん登り、大きな木の下に出てとまった。
すると、どこからともなく山んばの子供たちが現れて、われ先にとそのにぎり飯を食べはじめた。
草むらからそうっと見た女の顔は、まさしく髪をたらし、眉をつり上げ、そしてキバを持った山んばの正体を現していた。これが自分の妻だったのか。
男は、気味が悪くなって体中が震えだした。そこで、気付かれないようにそっと家に帰り、そしらぬ
顔をしていた。
嫁さんが山んばだったのを知って、恐ろしくなった男は、ころあいを見て、それとなく別
れ話を持ちかけた。すると、女も、
「あんたが別れようと思うとっとなら、しかたんなか。今夜は、夫婦別れに風呂を沸かし、身を清めてきれいに別
れまっしょ。」
と、さも未練なげにお湯を沸かした。
お湯が沸いたので、あんたから、おまえからと、ひともめした後に、男が先にはいることになった。
ところが、女は男が風呂にはいったことを見届けると、たちまち山んばの本性を現し、風呂桶を軽々と持ち上げ、山へ山へと走るようにしてかついで行く。風呂桶の中の男は気が気ではなく、恐ろしさのあまり、どうなることかと気も遠くならんばかり。
そのうちに、真っ暗な山の中を行くとき、松の大木の枝がが道に伸びているのにひょいっと飛びつき、運良く山んばから逃れることができた。
山んばは、それとも知らず、自分のすみかに着いてから風呂桶の中を見ると、男はいない。
「こらあ、しまった!」
と、今にも狂わんばかりの荒れようで、怒りまくって山中を捜しまわった。
松の木からおりた男は、いちもくさんに我が家に向かって逃げようと走りだしたが、あたりは真っ暗闇で、どこをどう逃げてよいのか、さっぱりわからずに逃げまどっていると、山んばが大きな鼻をクンクン鳴らして、近付いて来るのが聞こえてきた。
男は、死ぬ思いで、そこらあたりに生い茂っている草むらに夢中になって逃げ込み、じっと息をひそめていた。山んばは、なおもそこらじゅうをクンクン嗅ぎまわっていたが、どしても発見できず、あきらめて山へ帰ってしまった。
男は、なぜ見つからなかったのか、不思議でならなかった。
それは、幸い、男が隠れていたところは、身の丈ほどのショウブがあたり一面
に生い茂り、おまけに、ヨモギもいっぱい生えていたからである。それで、ショウブとヨモギの香り高いにおいにかき消されて、山んばは、とうとう男のにおいを嗅ぎ付けることができなかったというわけだ。
五月の節句には、ショウブを家の軒先きに差し込んだり、屋根の上にのせたりするが、あれは、このような悪魔よけの為に始まったならわしだということだそうな。
おしまい。
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