鷲の卵
阿蘇の小国町の昔話。
おじいさんがカエルを助ける為に、蛇に自分の娘をやると思わず言って
しまったことから、とんでもないことになってしまうというお話です。

 


 
 むかし、むかし、小国のあるところに、年をとった百姓夫婦が住んでいた。その百姓夫婦には、とても美しい娘がいた。

 おじいさんがある日、田んぼに苗代を見回りに行くと、大きな蛇が小さなカエルを追い回していた。カエルは、飲み込まれては大変だと、右に飛んだり、左に跳ねたり、必死に苗代の中を逃げ回った。蛇は、十センチ以上に育った苗を押し倒し、押し倒し、どこまでも追いかける。そのために、苗代はすっかり荒らされてしまった。
 それを見たおじいさんは、慌てて、
「こら、蛇、やめてくれ!こぎゃんこまか(こんなに小さい)カエルば追い回して・・・。」
 蛇は、その声に、カエルを追うのをやめ、おじいさんの方へかま首をもたげた。
「なあ、蛇や。カエルもかわいそうだし、苗もめちゃくちゃになってしまうのでやめてくれ。やめてくれたら、うちの一人娘ば、あんたにやってもよかが。」
 おじいさんは、何気なく言ったつもりだったが、蛇はその話はわかったのか、チロチロと赤い舌を出し、うなずくような格好であぜ道に消えていった。おじいさんも、ほっとした気持ちで倒れた苗をそっと起こし、田の水もいっぱいに入れて家へ帰った。
 ところが、その晩から不思議なことが起こった。
 おじいさんの家に、立派な身なりをした、色の白い若者が、毎晩やって来るのだ。そして、娘の部屋で休んでは、毎朝早く帰っていくのだ。
 夕方になると、いつどこから来たのかわからないように、娘の部屋に座っている。別 に、娘と楽しく話している様子もない。娘も恐いのだろう、うつむいたまま、笑顔も見せない。だからといって、若者のそばから逃げる様子もない。ただ、日がたつにつれ、若者の顔色が赤みを増すのに比べ、娘の顔色は、だんだん青白く弱々しくなってきた。
 百姓夫婦は、たいそう心配になった。どこの人やら、どういう人やら、なにをしたいのか、まったくわからない。覗くたびに、心配はつのるばかりであった。
 十日もたったある日の昼下がり、おじいさんの家の前を易者らしい人が通 りかかった。おじいさんは、その人を呼び止めて、事情を詳しく話し、どうしたらよいか相談した。すると、その易者らしい人は、
あんたかたに(あなたの家に)、毎日通ってくる若者は、普通の人間じゃなか。きっと、娘さんのあったかい生き血を吸いに来よるに違いなか。生き血を一回吸ったらやめやれない病気にかかっている若者かもしれん。こんままでは、娘さんは吸い殺されるかもしれんばい。」
 それを聞いたおじいさんは、おもわずブルブルッと身震いした。
「もしそぎゃん(そう)だとしたら、助かる方法はたった一つしかなか。それを教えよう。」
「お願いします。どうかそれを教えてください。」
 おじいさんは、易者らしい人の裾にすがって頼んだ。
「ほら、裏山に松の木の生えた高ーか崖があるだろう。その中程に鷲が巣を作っとる。その巣の中に鷲が卵を三つ産んでいる。その卵を食べると、娘さんは元気になるはずだ。だけん(だから)今夜、若者が来たら、娘さんに、「鷲の卵が食べたい。」と言わせなっせ(なさい)。そぎゃんすっと(そうすると)、若者は大事な娘さんのことだけん、崖をよじ登ってでん鷲の卵ば取ってくるだろう。」
 おじいさんは、喜んでこのことを娘に話した。
 その夜、いつものように若者がやって来た。娘は、易者らしい人が教えてくれたように、
「わたしは、鷲の卵が食べたか(食べたい)。どこからか取ってきて、食べさせて。」
と、頼んだ。若者は、
そぎゃんこつは、やしいこったい(そんなことは、たやすいことだ)。すぐ取って来るけん、待っとれよ。」
と言うと、さっさと裏山へ出かけていった。おじいさんは、恐る恐る若者の後をつけていった。
 若者は、二十メートル以上もあるような崖の下に立ち止まった。しばらくじっと上を眺めて、鷲の巣のありかを確かめている様子だ。月が松の木の一本一本をくっきり照らしている。若者はどこからどうやって登るのだろうと、おじいさんは息を殺して待っていた。
 その時、すうっと黒い雲が月をかすめた。ザワザワと若者のそばの草木が音を立てた。なんの音かと、目を大きく開いてみるとどうだろう、若者の姿がその音と共に消え、青白い光のおびが、崖を這い登っていく。よくよく見ると、チロチロと炎のような舌を出しながら、蛇が登っていくではないか。
 おじいさんは、腰をぬかさんばかりに驚いた。崖を登っていくのは若者ではなく、いつか苗代でカエルを追い回していた蛇である。あの若者は、蛇だったのだ。その蛇は、岩を伝い、木をまたぎ、鷲の巣まで行きついた。大きな口を開け、卵をパクリとくわえ、そろり、そろりと青白い光を崖に残し
ながら下へおりた。卵を置いた蛇は、また登って、二つ目の卵をくわえて下におりてきた。そして、三つ目を取りに登った時、目をさました鷲に見つかってしまった。
 鷲は大切な卵を取られたので、頭の毛を逆立たせ、大きな羽を精一杯に広げ、くちばしを光らせてカンカンに怒った。ひと声大きく鳴いたかと思うと、蛇をめがけて突っ込んできた。不意を襲われた蛇は、崖にいてはどうすることもできない。一度は崖から落ちたが、松の枝にぶらりと巻きついた。
その蛇を見つけると、鷲は蹴爪の生えた鋭い足でざくりと掴み、くちばしで引き裂いてしまった。蛇の肉きれは松の木の枝にさがり、蛇の皮と頭は、鷲に持ち去られてしまった。
 おじいさんは、あまりの物凄さにしばらく立ちすくんでいたが、震える足を引きずりながら家に帰った。
 翌朝、昨日の易者らしい人がやってきた。おじいさんは、昨夜のことをみんな話した。この話を聞いた易者らしい人は、たいへん喜んで、
「これで、娘さんは助かった。酒の中に花びらでも浮かべて飲ませなっせ。きっと元気になりますばい。」
と、教えてくれた。そして、目に涙をいっぱい浮かべ、
「これで、わたしは安心しました。実は、わたしは、田んぼで助けられたカエルです。御恩返しができて嬉しゅうございます。」
と言うと、易者らしい人の体は、ぼんやりと霧に包まれ、見えなくなった。
 そして、その霧の向こうを、小さなカエルが、ピョンピョン、ピョンピョン飛んで消えていったそうな。

 おしまい。

 


Copyright(C)2004,evergreen. All Rights Reserved.