鶴見塚
熊本市の南、宇土市の昔話。
熊本版「ツルの恩返し」的なお話です。

 


 
 今から約千七十年ほど前のことです。醍醐天皇が世の中を治めておいでになったころ、緑川村の石橋という小さな村里に、御門という夫婦が住んでおりました。明日は、いよいよお正月という大晦日の朝、夫は年越しのお金を作ろうと、妻がいっしょうけんめいに織った織物を持って町へ出かけました。
 塩山という所まで来ると、二、三人の猟師が道端にしゃがみこんで、何やらしているところに出合いました。御門は、何だろうと思って、足早に近づいてみますと、一羽のツルを猟師が捕まえているところでした。今にもしめ殺されそうなツルが、必死にもがくようすを見るに見かねて、御門は、思わず、
「もし、そこの若い人、そのツルを殺すのはやめてもらえないだろうか。なに、ただでとは言わぬ 。ほれ、ここに織物がある。」
と、妻から預かってきた大事な織物をさし出したのでした。若者たちは、はじめはけげんな顔をしておりましたが、差し出された織物を見て、不平のあるはずはありません。男たちは、ツルと織物とを交換すると、おどるように立ち去りました。
 御門は、弱っているツルをいたわりながら、その場で放してやりました。ツルは嬉しそうに羽ばたくと、御門の頭上で三回舞って、やがて、大空の彼方へ飛び去っていきました。
 さて、御門は、今のさわぎで手元に何もなくなったのに気づきました。もう町へ行くのはあきらめなければなりません。年越しをするお金も作れなくなってしまいました。やがて、気をとり直すと、今来た道を重い足どりでひき返しました。
 妻は、あまりにも早い夫の帰りを不思議に思い、わけをたずねました。夫は今しがたあった出来事をすまなそうに話して聞かせました。妻は御門の話を聞き終わると、
「ツルは千年も長生きする鳥だと言われています。よくぞ助けてくださいました。」
と、やさしい笑顔を御門に向けて、いたわるように言いました。御門は、妻の手をとって、妻のやさしい心に感謝しました。
 その夜のことです。
 表戸をトントンとひっそりと叩く者がありました。今頃誰だろうと、妻がそっと戸を開けてみますと、月明かりの中に一人の美しい娘が立っていました。雪のように白い肌と、深い湖のように澄んだ瞳の娘でした。その娘は、か細いうなじをたれながら、一夜の宿を乞いました。御門は、
「お泊めしてもいいが、手前どもはお見かけどおりのあばら家で、何のもてなしもできませんのじゃ。」
と、気の毒そうに言いました。
「泊めていただくだけでけっこうでございます。どうかお願いいたします。」
 娘は一生懸命たのみました。寒さに体を震わせて、何度も何度も頭を下げました。御門夫婦は、その様子を気のどくに思って、なすめをとめてやることにしました。
 いろりが赤々と暖かそうに燃えています。娘は、そのそばに座ると、米一升(約1・8リットル)ほど入った絹の袋を取り出しました。
「このお米は、三粒で釜いっぱいのご飯ができる不思議なお米です。お礼にこれを差し上げます。どうかお受けとりください。」
 二人は不思議に思いながらも、さっそくお米を三粒だけ炊いてみました。するとどうでしょう。娘が言ったとおり、三粒のお米は釜いっぱいのご飯になりました。二人はたいへん喜びました。
 娘のお米のおかげで年越しもでき、何の心配もない正月を迎えることができました。
 それからしばらくたって、娘は御門夫婦の養女になり、毎日を幸せに暮らしていました。
 ある日の夜のこと、何を思いついたのか、娘が御門に向かって言いました。
「明日の朝、木原山に行って、ツルの葉(常緑樹「ゆずりは」の事)のを千枚取ってきてくださいませんでしょうか。」
 御門は、突然のことに不思議に思いましたが、ほかでもない娘の頼みでありますから、翌朝、山に行って娘の言うとおり千枚のツルの葉をとって帰りました。
 それを見て、にっこりうなずいたむすめは、千枚のツルの葉の中に手を入れてかき混ぜました。するとたちまち、千枚のツルの葉は、黄金十両に変わりました。娘は、びっくりして娘の顔を見つめている御門夫婦に向かって静かに語りかけました。
「実は、私は、去年の暮れ、危ないところをあなたに助けていただいたツルでございます。今日でおいとまをしなければなりません。この黄金十両は、助けていただいたお礼です。どうぞおおさめください。短い間ではございましたが、たいへんお世話になりました。」
と言って身づくろいを正し、深々と頭を下げるのでした。驚き悲しむ夫婦をあとに、娘は家を出ていきました。
 気をとりなおした夫婦は、娘に追いすがるようにしてついていきました。鶴見のあたりまで来たとき、娘はサッと白鶴に変身したかと思うと、ふわりと舞いあがって二人の頭上を三回舞って、どこかへ飛び去りました。二人は、あわててあたりを探しました。けれどもツルの姿はどこにも見当たりませんでした。
 御門夫婦は、深く悲しみましたが、やがて、その場所に鶴見塚を築いてツルの幸せを祈りました。
 このことがあってから、御門は、村人から「鶴見のじいさん」と親しまれるようになったそうな。

 おしまい。

 


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