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むかし、鎮西八郎為朝という侍が、木原山に住んでいた。木原山は、雁回山ともよばれ、今の宇土市花園町と下益城郡富合町・城南町と三つにまたがる、谷が九十九もある険しい山である。
為朝は、小さいときから力持ちで、勇気があり、弓をとっては日本一だといわれていた。けれども、元気がよすぎて乱暴になり、父の為義も、どうしようもなく困って、とうとう十三のとき、京から九州へ追い出してしまった。九州に来た為朝は、さっそくあちこちでいくさをおこし、たくさんの城を攻め落として、十五のころには、九州全部をおさめる総大将になってしまった。
そこで為朝は、木原山に住まいを決め、ここに城を築くことにした。木原山は、熊本平野が一目で見渡せる上に、後ろは山また山で、城を築くにはこのうえないよい場所であった。でも、城を築くには、大きな石を運んだり、大きい木を切り倒したり、それはそれは力のいるたいへんな仕事なのだ。
為朝には、いつの頃からか一匹の鬼が家来になっていた。この鬼は、人間が何十人もかかるような仕事を、なんの苦もなくやってしまうのだ。それに、為朝の命令ともなると、どんな苦しいことでも、一生懸命に働くので、たいへんなお気に入り。どこへ行くにも、為朝のそばにはこの鬼の姿があった。こんな働き者の鬼のおかげで、城は立派に出来上がった。
ある日、為朝は、鬼に言った。
「お前は、本当に感心なものだ。わしの為に、かげひなたなく働いてくれる。城を築くとき、お前がいなかったらいつ出来上がるかわからなかったろう。ありがとう。ほんとにありがとう。そこで、わしは、お前に何か褒美をやりたい。」
鬼は、為朝の前にひれ伏して、にっこり笑った。為朝は続けて、
「褒美といっても、人間とちがって、鎧・兜のようなものは、かえって迷惑であろうし、また、領地を分けてやってもなんにもなるまい。どうじゃ、金銀財宝では。」
と言った。鬼は、頭を左右に振って、
「わたしは、この金棒のほかには何一ついりません。金銀財宝を頂いても始末に困るばかりです。」
と言った。為朝は、ますます鬼がかわいくなって、
「それはそうだろうが、かねてのお前の働きに、何か、ぜひお返しがしたい。望みのものがあったら遠慮なく言ってみよ。」
鬼は、しばらくじっと考えていたが、おそるおそる、
「それでは、一生一度のお願いでございます。わたくしは、常々、人間を一人食べたいと思っていました。もうずいぶん長い間、人間を食べたことがありません。どうか可哀相だと思って、人間を一人だけ食べさせてください。」
と、頼んだ。さすがの為朝も、この鬼の願いには驚いた。「これは困ったことになったぞ。」と、心の中でつぶやいた。「望みがあったら、遠慮なく言ってみよ。」と、さっき言ったばかりだ。「それはならぬ
。」ということは言えない。いくらかわいい鬼のたのみといっても、人間を食べさせることだけはできない。為朝は考え込んでしまった。
「人間一人食べたいというのか。ほかならぬお前の頼みだ。もし、お前が一晩のうちに、この山に谷を百ほりあげたら、そのとき人間を一人食べさせよう。」
鬼は喜んで、さっそく仕事にとりかかった。「人間が食べられる。人間が食べられる。大好物の人間が食べられるのだ。」喜び勇んだ鬼の仕事ぶりはめざましい。みるみるうちに、一つ、また一つと、深い谷をほりすすむ。
為朝は一眠りした。
ふと目がさめると、山が崩れるような地響きがしている。驚いて起き上がって外へ出てみると、夜の山から、エイ、ヤッ、エーイという凄まじい声が聞こえ、石と石がガチンと鳴り、バリッ、バリバリ、バリーッと大木の倒れ崩れる音が響き渡っていた。と、共に、地面
がグラグラ揺れる。鬼が谷をほっているのだ。為朝は、声や音がするほうへ行ってみた。するとどうだろう。出来ている。出来ている。数えきれないほどの谷が出来ている。為朝は心配になった。よもや一晩で、百の谷は出来ないと思って約束したのに、谷はどんどん出来ていくのだ。為朝は、鬼のところへ行って、そしらぬ
顔で、
「精が出るのう。いくつ谷は出来たのだ?」
と聞くと、鬼はにっこりして、
「九十九です。あと一つほれば、お約束の百になります。」
と言った。
為朝はびっくりして、大急ぎで城に帰り、庭先に投げ捨ててあった竹の皮で作ったかさと手にとって揺り動かし、バタバタと音を立てて、ニワトリの羽ばたきの真似をした。そして、
「コケコッコー、コケコッコー。」
と、高く、声を張り上げて鳴いてみせた。
「あっ、夜明けか。」
と、その鳴き声を聞いた鬼は、たいへん残念がり、谷を作るのをやめ、為朝の前に姿を見せることをあきらめて、その夜のうちに木原山を去った。
木原山の九十九の谷は、こうして出来たのだといわれている。月夜の晩になると、この山のかなたから、鬼の悔し泣きが聞こえてくるそうな。
おしまい。
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