鬼が笑った話
熊本市の東に位置する益城町の昔話。
昔話に出て来る鬼は、大抵の場合、乱暴者ですが、
このお話に出て来る鬼は、結構いい鬼です。
そして最後に、ある鬼に関する有名な言葉の由来がわかります。

 


 
 むかしむかし、益城に福田寺(ふくでんじ)というお寺があった。ここの和尚さんは、仏様のありがたい教えを話して聞かせるだけではなく、田んぼに行っては稲の作り方を教え、村に出ては石垣の作り方までも教えていた。
 村人たちは、困ったことやわからないことがあると福田寺に行って、和尚さんに相談したり、教えてもらったりしていた。そんなにえらい和尚さんだから、しばらくすると、あちこちのお坊さんたちが教えを受けに福田寺に集まってきた。

 ある年の事、集まった多くのお坊さんの中に一匹の鬼がまじっていた。
「わしゃ鬼ばってん、生きとるうちにしっかり修行ばしょうておもて(しようと思って)、訪ねてきました。弟子にしてくだはりませんか(くれませんか)。」
と、にこりともしないで頼んだ。たいていの人なら恐くなって断るのだが、心の広い和尚さんは鬼が素直な性格であるのがよくわかったので、ほかのお坊さんたちといっしょに弟子にすることにした。
鬼は頭を下げたが、にこりともしなかった。
 この鬼は、顔は恐ろしいが、よく働いたので、和尚さんはとてもかわいがった。
 でも、寝るときは、ほかのお坊さんの三倍も場所をとっていた。おまけに、昼間ものすごく働くので、床につくとすぐ寝付き、いびきをかく。そのいびきがものすごく大きいので、ふすまや障子がガタガタ、ゴトゴトと音をたてて揺れる。そのため、お坊さんたちは、眠ることができず、寝不足でみんなフラフラになってしまった。
 とうとう我慢ができなくなったお坊さんたちは、話し合って、気持ちよさそうに眠っている鬼を揺り起こした。
「おいおい。お前のいびきがあんまり太かけん(大きいから)、わたしたちゃ、いっちょんねられん(ぜんぜん眠れない)。今夜から、よそにいって寝てくれ。」
 鬼は、自分が悪いのだからしかたなく、枕をかかえてすごすごと庭に出て行った。そして、いびきが聞こえないように、遠くの岩かげに寝た。
 和尚さんは、それを見ると可哀想でたまらなかった。そこで、明くる朝、鬼を自分の部屋に呼んで、
「鬼よ。たいへんなことになったもんだね。でも、心配しなくていいよ。わたしによい考えがあるからな。あのな、内寺の上のほうに景色のよいところがあるから、そこに住まいを作るとよかろう。そして、おまえのいびきで壊れんように、石で作るとどうかな。」
となぐさめた。鬼は、安心したように、大きくうなずいた。
 鬼は、次の日、和尚さんに連れられて内寺の上にいって、住まいを作りはじめた。まず、大きい石を集めて、土台を固めた。次に壁を大きな石で作り、天井も平べったい石で作った。周りには、大雨が降っても雨水が流れ込まないように深い溝を作った。それから、鬼は安心して大きないびきをかいて、ゆっくり手足を伸ばして寝ることができるようになった。今でも残っている内寺の上にある「鬼の岩屋」は、この時出来たということである。

 さて、そのころ福田寺では、益城地方でいちばん高い上徳というところにお堂を建てることになった。上徳は、山の頂上だから、材木一本、石一つ運ぶのも、たいへんな仕事である。
 その時の鬼の働きはすばらしかった。ほかのお坊さんの三十人分以上もあっただろう。柱にする材木一本を二十人のお坊さんがやっとのことでかついで、そろそろ登っていくのに、鬼は、ひとりでかついで走るように登って行った。ときには、疲れてよろよろと登っている老人を、背負っている石もろともかかえて登っていったこともあった。こうして、思っていたより早く仕事が進みそうなので、和尚さんは、たいへん喜んで、みんなにごちそうをすることにした。ごちそうは、和尚さんのいちばん好きな「そばきりだごじる」(そばの粉で作った団子汁)だった。
 夕方、仕事が終わると、さっそく「だごじる」が出た。みんなそろって食べはじめた。鬼は、とくべつ大きなどんぶりだった。ところが、鬼は食べること食べること。そして、その速いこと速いこと。
ほかの人が一杯食べ終わったときには、大釜の中はすっかり無くなっていた。みんなはぽかんとしていたが、やがてぶつぶつ言いはじめた。和尚さんも、一杯しか食べられなかったので、泣きたいほどがっかりした。でも、鬼が喜んでおいしそうに食べるのを見ると文句も言えず、だまって我慢した。
 それからの鬼は、それまでより働いた。石垣も一人で築いた。
 和尚さんは、また「そばきりだごじる」をごちそうすることにした。ところが、このときにも、和尚さんやほかのお坊さんたちは、一杯しか食べることはできなかった。
 そして鬼は、さらに働くようになった。柱、板の束、瓦、土台石など、一生懸命運んだ。なにしろ、険しい急な山道なので、お坊さんたちは、一日三回以上往復すると大抵のびてしまった。しかし、鬼は、昼間だけでも三十は往復した。それを知っているので、みんなは、「そばきりだごじる」を食べられてしまったことの恨みも、何とか我慢することができた。
 鬼の大活躍で、立派なお堂が完成した。仏様を麓のお寺からお迎えして仕事が全部終わった夜、また「そばきりだごじる」をごちそうすることになった。
「おい、今夜もそばきりだごじるのごちそうばい。楽しみね。」
「わしも、大好物たい。今夜は二杯食おう。がんばるばい。」
「わからん。鬼のやつが来ると、一杯しか食われんたい。」
「鬼は、仕事をよけいにしたっだけん、しょんなかておもうばってんね(したんだから、しょうがないと思うけどね)。」
ばってん(でも)、まちょっとでよかけん(もうちょっとでいいから)、そばきりだごじるば食おうごたるね(食べたいね)。」
 みんなが話し合っているのを聞いていた和尚さんは、鬼がもう少しゆっくり食べる方法はないものかと考えた。鬼がゆっくり食べると、みんなも楽しんで食えるし、自分も二杯か三杯おかわりができる。そう思うと、和尚さんは、真剣に考えはじめた。昼すぎになると、いい考えがうかんできた。それは、もうそう竹を割って、そばきりだごと同じ形、大きさに切るのである。確かめてみると、色といい、形といい、そばきりだごとそっくりで、和尚さんも見分けがつかないほどの出来栄だった。そして、竹は軽いので浮いているが、そばきりだごは底に沈んでいるので、食べる時には、うまくつぎわけることができる。
 いよいよ、ごちそうを食べるときがきた。みんなお寺の広間に集まった。おいしそうなにおいが部屋にただよっている。和尚さんが立ち上がって、
「みんな、ほんとうに頑張ってくれた。おかげでよいお堂が出来た。きょうは、たくさん食うてくれ。おかわりは自分でしてよいから、どんどん食うてくれ。」
 みんなは、「ああ、鬼がおるけん(いるから)今夜も二杯は食われんたい。」とあきらめ顔をして食べはじめた。ほかの人が団子を二つ、和尚さんが、やっと一つ飲み込んだとき、鬼は、大どんぶり一杯を食べ終わり、毛のもじゃもじゃしている腕を伸ばして、浮いているのをすくった。みんなはがっかりした。鬼は大口を開けて、団子を流し込んだ。
 するとどうだろう。
 ボキッ、ガリッ、ポキン、ガリガリッガリッと、部屋一杯に変な音が響いた。鬼が顔をしかめた。
みんなびっくりして、鬼を見た。鬼は、顔をしかめていたが、ようやく飲み込んで、三杯目のおかわりをした。すると、また、ガリガリッ、ポキンと大きな音がした。とうとう歯が折れてしまって、食べられなくなってしまった。そして、鬼は、四杯目のおかわりはやめてしまい、そっと立ち上がって帰ってしまった。
 みんなは、不思議そうな顔をしていたが、自分のどんぶりの中に入っている竹の団子に気が付くと、にやっとして、箸でつまみ出して食べた。おかげで、三杯ずつ食べることができた。和尚さんも三杯食べることができて、腹一杯になって、急に眠くなって自分の部屋にはいって寝てしまった。
 住まいに帰った鬼は、床についたが、折れた歯が痛くて眠れない。冷たい石にほっぺたをつけたり、谷川に行ってうがいをしたりしたが、痛みはだんだんひどくなった。一生懸命に我慢していたが、とうとう泣き出してしまった。そして、一晩泣き続けた。
 朝になった。通りあわせた村人が覗きこんで、
「どうして泣きよっとかい。太かなりして(大きい体でいながら)、泣くと見苦しかばい。」
「ワーン。ワーン。歯がかげて(折れて)しもうたたい。痛か、痛か。」
 そこへ、ゆうべのことが心配になった和尚さんが、急ぎ足でやって来た。
「おやおや、大きい声を出して泣いとるな。どれどれ。」
 大きい口の中を覗きこんでいた和尚さんは、鬼の背中をバンと叩いて言った。
「大丈夫、大丈夫。だいぶん折れとるが、来年はまあだよか歯の生えるばい。泣くな、泣くな。
 それを聞いた鬼は、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、
「和尚さん。そらほんなこつな(本当のことですか)?また、歯の生えるとな。また、団子ば食わるるごつなっとな(食べられるようになるんですか)?」
と怒鳴って、笑った。今まで、どんなに嬉しいときでも笑ったことのない鬼が、大きな声をあげて笑った。
「生える、生える。来年になると、まあだ強か歯の生えるばい。」
「わあ、よかった。歯の生える、生える。」
 鬼はとめどなく笑いこけた。
「鬼は来年のことば言うと笑うとばい。」
「わあ、面白か。来年のこつ言うと、ほんなこて(本当に)笑うね。」
 それからは、村人は、暇さえあると鬼の住まいを訪ねては、
「来年はよかね。よか歯の生えるね。」
「来年は楽しみね。どぎゃん(どんな)歯の生えるどか。」
「来年は、また、そばきりだごば食おうごたるね(食べたいね)。」
と言っては、鬼を喜ばせた。鬼は、それを聞くたびに嬉しそうに笑った。

「来年のことを言うと、鬼が笑う。」という言葉は、このときから始まったともいうそうな。

 おしまい。

 


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