鬼の足かた
熊本県の北部、山鹿市に伝わる昔話。
乱暴者の鬼に悩まされていた村の若者が
知恵と勇気でその鬼を退治する、というお話です。

 


 
 むかし、むかし、上吉田の山奥に、大きな牙をむきだしにした鬼が住んでいた。見ただけでも恐ろしい顔に、いかめしい体つき。その鬼の声や足音がひびくと、村人たちは、働くことも、遊ぶこともやめて家に逃げ帰った。門も戸口もしめきり、押し入れや、長びつの中に声をひそめて隠れた。
 村人たちのいなくなった田畑に出てきた鬼は、すいか、きゅうり、さつまいもなどの作物を手あたりしだいに引きちぎり、食いらした。もっと恐いことは、逃げ遅れた子供、泣きわめく赤子をつまんで、山奥の穴へさらって行くことであった。時々は、おなかを空かして夜出てくることもあった。寝静まっている家をゆらゆら、ゴトゴトと揺さぶり、誰も出てこないと、にわとりや、豚をはじめ、おおきな牛や馬などの家畜も食い殺していった。
 村人たちは、くる日も、くる日も、この恐ろしい鬼の話に震えていた。
「おい、五郎しゃんげーの(五郎さんの家の)牛は目ば開けたまま死んどったぞ。」
「彦太郎しゃんげーの孫は、ゆうべから、とうとうもどらんてばい(帰らないそうだ)。」
「冬んなると、家ん中に入りこうで、娘どんば(娘たちを)、かっさろうて行きゃあせんどか(さらって行きはしないだろうか)。」
 しかし、村人たちも、震えているだけではなかった。どうにかして、あの恐い鬼をこらしめ、やっけなくてはいけないと考えるようになった。なかでも太一は、自分がいちばん大事に育てていたヤギを、鬼にさらわれてからは、「なんとかして鬼退治をしよう」と、心に誓った。
 太一は村の誰よりも賢く、勇気があり、その上力持ちで、みんなから頼りにされていた。
 ある日、太一は一人で山に焚き木を取りにいった。嵐の後なので、焚き木はおもしろいほど集まった。五、六束ほど集めたろうか、ここらで一服しようと岩に腰をおろしたとき、後ろのほうで薮をかきわける音がした。「だれだろう?」と思って、ひょいっと後ろを見ると、どうだろう。あの大鬼が、
「グエッヘッヘーッ!」
と、右手で杉の木を一本引き抜いて、よだれを垂らして笑っているではないか。そして、今にも太一の首をわしづかみにしそうな構えで迫ってくる。
 太一は、一瞬、どうしようかと迷ったが、そこは、それ、勇気のある太一だ。やさしい声で、
「鬼のおっさんじゃなかね。こんにちは。なんばしよっとな(なにをしているのですか)。」
と、話しかけた。鬼は、
「おう、今からお前ば食おうて思うとる!」
と、木の葉が飛び散り、小石が飛び上がるような大声で答えた。太一も思わず体がぶるぶるっと震えた。しかし、震えてばかりいると、ほんとうに食べられてしまう。
「頑張るのはここだ。」と、自分に言い聞かせて、今度はゆっくりとした口調で、鬼にたのんだ。
「なあ、鬼のおっさん。あとちょっと待ってはいよ(待ってください)。せっかく取ったこん焚き木ば、家さん(家に)運んでからでよかたい。なあ。」
「ようし、そんなら、そん焚き木ば、早う置いてこい。そん後で、ゆっくり塩を付けて食ぶるぞ。」
 鬼は、舌なめずりをして言った。
 太一は急いで焚き木を背負い、家に帰りながら「これからどぎゃんしょうか(どうしようか)。」
と、考え考え歩いた。そのすぐ後ろから、覆いかぶさるようにして、鬼はついてきた。時々、喉をゴクリと鳴らしたり、指をポキポキ鳴らしたり、今にも首をわしづかみにされそうである。夕日のあたった鬼の顔は、恐ろしいほど赤くなっていく。
 転げ込むようにして家の中に入った太一は、焚き木をおろし、障子のすきまから鬼を見た。鬼は、まだか、まだかというように庭をうろつき、目玉をぎょろつかせていた。お腹のあたりが、見るからにひもじそうに動いている。しゅろの皮みたいに毛の生えた二本の足を見ていると、あばら骨などひと踏みで、バキバキッと踏み折られそうである。その時、ふと、太一の賢い頭によい考えがひらめいた。
 にこりと笑った太一は、家の戸口をガラリと開き、胸を張り、大きな声で鬼に言った。「鬼のおっさん。ああたは(あなたは)、
この世の中でいちばん強かて聞いとるばってん、ほんなこつだろか?(本当のことだろうか?)」
 それを聞いた鬼は、顔をまたまた赤くして、胸を張り、両手を上げ、天に向かって威張って答えた。
「なんば言うか!世の中でいちばん強かつは俺じゃ!鬼に出来んこつは何もなか!」
 あまりに大きな声に、近所の人たちも飛び出してきた。すかさず太一は言った。
「そんならば、あの、ゆるぎ岳のてっぺんから飛んでみなっせ(ごらん)。それば見せてもろたら、喜んで食べられましょうたい。」
 みんなを見回した鬼は、「ゆるぎ岳のてっぺんから・・・・・。無理なこつば言うこぞうたい。」
とは思ったが、さっきの強がりを笑われてはと、
「ようし、お安いご用じゃ。目ん玉ば太うして(大きくして)よう見とけ。そんかわり、今度こそ、ぬしば、いち食うぞ!(お前を食べるぞ!)」
と言いながら、隠れ家に引き返し、ゆるぎ岳から飛び下りても痛くないように、鉄の高下駄 を履いて、頂上へかけ登っていった。村人たちはどうなることかと、手に汗をにぎってあごを突き出して山の頂上を見つめていた。その中で太一だけが、平気な顔をしていた。
「よいかー!よう見ておけー!今、飛ぶぞー!」
と、鬼はありったけの声を出し、鉄の棒で地面をドスン、ドスンと突いた。うさぎも、鹿も、猿も飛び出した。鬼の体は鉄の棒に支えられ、ぐうっと空に舞った。その勢いで山が揺れ、岩が転がりだした。いったん、空に舞って小さく見えた鬼の体が、ぐんぐん大きくなって下にふってきた。「ズシーン!!」「グァオー!!」
 天地がひっくり返るほどの音、体中に突き刺さるような声。あまりに勢いよく飛んだはずみに、鬼の片方の下駄がぬけ落ち、鬼が降り立ったところは、大きい岩だったのだ。
 大きな岩には、下駄の跡が、そした鉄棒の跡が深くえぐられて残った。さすがの鬼も、岩には勝てず、足の骨を折り、びっこになり、太一の前に恥ずかしくて顔を出すことができなくなった。足を引きずり、涙を腕の毛でふきながら、山の深い深い奥に逃げ込んでしまった。
 村人たちの顔は、夕日のようにかがやき、久しぶりに笑顔がもどった。人々は、はしゃぎ、家に明かりを灯し、太一の賢さと勇気を語り合ったそうである。
 山奥に逃げ込んだ鬼は、二度と村に現れることもなく、人々は安心して仕事に精を出すことができるようになったそうである。

 吉田川の一の瀬では、今もその大きな岩が流れを受け止めているそうな。

 おしまい。

 


Copyright(C)2004,evergreen. All Rights Reserved.