虫になった庄屋さん
熊本県南部の球磨地方の昔話。
苦しい年貢に苦しむ庄屋さんの、悲しいお話です。
この話に出てくる庄屋さんを、今の政治家は見習ってほしいと思います。

 


 
「こまったこつなあ。どぎゃんしたらよかつだろか(どうしたらいいのだろう)。」
どぎゃんもこぎゃんもなか(どうもこうもない)。なか米ば(ない米を)出せるはずはなかろうもん。」
そぎゃん(そう)言うても、出さなん村の人たちがひどかおとがめば受けるばい。ほんなこて、役人が憎らしか。」
 古ぼけた部屋のかたすみから、ひそひそと話し合ってる声がもれてきました。そこには、庄屋の前田喜三左衛門さんと、弟の前田半左衛門さんの姿がありました。ふたりとも、げっそりと痩せて、年老いた顔にしわがいっそう深くみえます。
 球磨の奥にある新田(しんでん)村は、山と山に囲まれた貧乏な村で、やっと切り開いた田んぼには、米がよく実りませんでした。それでも村の人たちは、せまい田んぼでとれる米をたよりに、なんとかくらしをたてていました。

 そんな村でも、むかしは年貢をといって、たくさんのお米を役所に差し出さなければなりませんでした。自分たちが食べるのがやっとだというのに、その中から、たくさんのお米を出すのはとても苦しいことでした。それに、今年はとくにお米の出来が悪かったのです。そんな村に、どうしたことか、年貢の割り当てがぐんぐん増えてきたのです。いったい、どうしたらよいのでしょう。

(なんとかして年貢を軽くしてもらわないことには)
(出さねば重い罰をうける)
(出せばみんなが飢え死にをする)

 村人たちの命をあずかっている庄屋の喜三左衛門さんは、すっかり考え込んでしまいました。弟の半左衛門さんもどうしてよいかわかりませんでした。二人が話し合っていたのはそのことだったのです。何日も何日も話し合いましたが、よい考えは出そうにもありません。
 しかたがない、わけを話して、もう一度お役人にお願いしてみるよりほかにあるまい。
 二人は、おそるおそる役所に出かけました。
「・・・こんなわけですから、村にはこれ以上差し出す米はありません。出せるだけはなんとかして差し出しますので、割り当ては去年どおりにしていただけませんでしょうか。今年のような割り当てでは村の者の暮らしはなりたちません。お願いします。もう少し割り当てを軽くしてください。」
「なんだと。年貢が出せんだと。それはその方、庄屋のやりかたが悪いからじゃ。村人の働きもたらん。」
「それでは、村の者が死んでも、村がつぶれてもよいと言われますのか。」
「しかたあるまい。立ちゆかん村は取りつぶす。それより、おまえたちが米を出さんように村人たちにけしかけているのであろうが。新田の米は上出来のはず。ほかの村からも聞いておるぞ。」
 必死になってお願いしたのに、二人の兄弟は年貢を納めさせぬふとどき者として捕らえられたばかりか、死罪まで言い渡されたのです。

 いよいよ死刑の日が来ました。竹で編んだ囲いの中には、たてじまの着物を着た庄屋さんと、よこじまの着物を着た半左衛門さんが座っていました。
「ほら、あそこに庄屋さんが。」
ほんに(ほんとに)、あんなよかお人が死刑になられるなんて。」
「わたしたちを救おうと一生懸命にお願いされたお方が殺されなはる。こぎゃんまちごうたこつが(こんなに間違ったことが)あるもんか。」
 集まった村人たちは、竹垣を囲んで口々につぶやいていました。
 竹の囲いの中では、こんな村人たちのなげきも聞こえないかのように、死刑の準備が整えられていきました。
「どうじゃ、何か言い残すことはないか?」
 役人の言葉に、庄屋さんは静かに目を開けました。
「お役人様。もう一度申し上げます。年貢はほかの村と同じようにして、新田村をお取りつぶしになさらんごつお願いします。それが出来たら、わたしの命は少しも惜しくはありません。」
「何を申す!新田村に米があることは、よその村の者も、ちゃあんと知っとる。聞き入れることはあいならん。新田村は取りつぶす。」
 突き放すような冷たい言葉に、喜三左衛門さんの怒りは爆発しました。
「わたしたち兄弟を殺し、その上に村まで取りつぶすとはあんまりなこつ。これも、ほかの者のつげ口があったからに違いない。村の事は庄屋がいちばん知っとる。知っとるからお願いしたが、もうたのまん。死んだら虫になって、よその村の作物はみんな食いつぶしてやるぞ!作物が出来なかったら年貢も出せまい。年貢が出なかったら、それ、役人ども、その方たちの責任だ。殿様に申し開きが出来まいが。よいか。それでよかったら首を切れ。」
 庄屋さんは役人をにらみつけ、空をあおいで叫びました。と、その時、刀がひらめいて、庄屋さんの首は切り落とされたのです。
 間もなく新田村はお取りつぶしになって、多良木、湯前。久米村へと分けられてしまいました。

 年があけました。秋になると、元の新田村は見事でした。田んぼにはふさふさとした稲穂が揺らぎ、いつにない豊作で賑わいました。ところが不思議、ほかの村には、しまのある虫がうようよと現れ、一晩のうちに村じゅうの稲を食べ尽くしたのです。朝になって田んぼに出た村人たちは呆然となりました。
「これはどうしたこつか。」
「この虫はなんだろか。見たこつもなか虫ばい。この虫が米ば食うてしもたつばい。憎らしか。」
「これじゃ年貢どころか、自分で食う米もなかたい。」
「こらあ、ひょっとすると、新田村の庄屋さんのたたりかもわからんばい。」
「そうかも知れん。ああ恐ろしか。」
 村人たちは田んぼの脇に集まって、食い荒らされた田んぼを眺めていました。
 そこに通りかかったのは旅のお坊さんでした。
「おお、これこれ、いったいどうしたんでござるか。えらい青い顔をして。」
「ああ、これは旅の和尚さん。実は去年のことですが、新田村にこんなことがありましてな。かわいそうに庄屋さんが打ち首にならしたつですたい。」
 村人たちの去年の出来事を聞いていたお坊さんは、
「そうか、そうか。庄屋さんが、虫になって食いつぶしてやると言ったのか。なるほど、これは庄屋さんのたたりに違いあるまい。たてじまの虫は庄屋さん。よこじまの虫は半左衛門さん。そうそう、処刑のときに着ていた着物の柄がこの虫の模様になったのであろうのう。」
「へえ、やっぱりそうですかい。そんならどうしたらようごさいますか。」
「もとはといえば、無い米をあるように言ったおまえたちと、それを信じた役人のせいじゃ。だが、自分でまいた種は自分で刈り取るもの。おまえたちでようく考えるのじゃな。このままでは役人ともども飢え死にするするほかはあるまいの。」
 そして、お坊さんは念仏を唱えて去ってゆきました。
 これを聞いた役人は震えあがりました。
「悪かった、悪かった。つまらぬことを言ったばかりに、人を殺し、村までつぶしてしまった。それがたたって、今度はほかの村がつぶれる。ほんとに喜三左衛門さんにも半左衛門さんにも申し訳ないことをしてしまった。それにしても殿様にはなんと申し上げたらよいのだろう。こんどは我々がおとがめを受けなくてはならないか。ああ、どうしたらよいのだろう。」
 後悔した役人と村人たちは話し合って、中原の福田寺に石碑を建て、ふたりの魂をなぐさめることにしました。それといっしょにお札を竹にはさんで田んぼに立て、新田村の土をいただいては、
「しんでん、しんでん。」
と、唱えながらふりまきました。すると、不思議、あれほどいた虫が、いつの間にかいなくなったのです。
 そして、村人たちは、
「ああ、やっぱりそうだったのか。すまんこつ、すまんこつ。」
と、ふたたび二人に謝ったそうな。

 おしまい。

 


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