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むかし、むかし、宇土のお城のお殿様に、名和伯耆左衛門尉という殿様がいた。ある日のこと、城下の町人たちの様子を、直に見たいと思い、みんなにわからないように、一人で城を抜け出し、あちこちを見てまわったそうな。そのうち腹が減ってきたお殿様は、町外れの茶屋に入っていった。
広い台に腰をかけ、娘の出した茶を飲んでいると、ふと、箱に並べてある、かわいらしい餅に気がついた。
「おい、娘。その餅を持ってまいれ。」
と言うと、持ってきた餅を、一口食べてみた。
丸くて、小さい餅で、中には黒いあんが入っている。聞くと、その餅は茶屋の娘、お静のお母さんが毎朝作っているということだった。
「うん、こりゃあうまか(おいしい)。」
とお殿様は誉め、なんと三皿も平らげてしまった。そして、
「うまかった。」
と言っただけで、お金も払わずに、さっさと出ていこうとした。
いつもは、家来といっしょなので、代金は家来が払う。お殿様は、うっかり、いつもの癖で店を出てしまったのだ。
しかし、お殿様の顔を知らない娘は、驚き、急いで殿様の袖を捕まえて、
「お客さん、お餅代ば頂戴いたしとうございます。」
と言った。
すると、お殿様も、ハッと思い、ふところを探ってみた。でも、みんなにわからないように城を出てきたものだから、お金までは気がつかなかった。
おとなしく、やさしい娘だから強くは言われないが、お殿様は、たいへん困ってしまった。困り果
てたお殿様は、着ていた羽織の小袖を、ビリッとちぎり、
「これを持って城内に来い。そしたら餅代をとらす。」
と言って、帰ってしまった。
娘のお静は、店を片付けた後、
「あん(あの)時は、うっかりして、あのお侍さんの名前ば聞きそこのうたばってん(聞き損ねたけど)、お城のお侍さんは、たくさんおらすけん、どぎゃんしたら(いるから、どうしたら)よかろうか。」
と思い悩み、町の世話役に相談をもちかけた。
世話役が、お侍さんがくださった小袖をよく調べてみると、小袖に付いている紋は、お城のお殿様の紋に違いないということがわかった。
「さあ、おおごつばい(大変だ)。お殿様にご無礼ばしたっだけん(したんだから)、このままじゃ済まんばい。」
「お静さんだけじゃなか。かかさん(お母さん)の命も危なか。」
「名主どんてちゃ(でも)、どぎゃん(どんなに)なるかもわからん。」
「えらいこつ(たいへんなこと)になったばい。」
と、世話役も、名主も大心配し、町中の大騒ぎになってしまった。
「知らずにしたっじゃあるばってん(したんだけど)、お殿様にご無礼してしもうた罰は、免れるこつはでけん(免れることはできない)。私は覚悟するばってん、なんも知らんお母さんに、罪のかかったらどぎゃん(どう)しよう。」
いろいろ考え悩んだあげく、娘は決心し、お城にあがり、あの小袖を見せてお殿様に、お目通
りを願い出た。
家来が小袖を持って、お殿様に娘の話をすると、覚えのあるお殿様は、すぐ、
「おお、あの娘が来たか。」
と言い、お目通りが叶うことになった。そして、通された娘は、
「お殿様とは知らなかったものですから、たいへんご無礼申し上げました。わたしはどぎゃん(どんな)罰を受けてもいたしかたございません。覚悟はできております。ばってん(でも)、お母さんの命だけはお助けくださいませ。」
と、涙ながらにたのんだ。
お殿様は、一生懸命たのむ娘の話を、よく聞き、その母を思う心にたいへん感心した。
「あの餅は、うつくしゅうて(美しくて)、本当にうまかった。また食べに参るぞ。今度は、お前の美しい心がしみ込んで、またまた良い味になることであろう。」
と、たいそう誉めたたえ、小袖に添えて、たくさんのお金をさずけた。
どうなることかと、町中の人が眠れずに心配していたところへ、娘が無事帰ってきたばかりか、小袖と、ご褒美のお金までいただいてきたものだから、またひと騒動になった。
それからは、だれ言うともなく、その餅の事を「小袖餅」と言うようになったそうな。
今でも、その餅は宇土で売られている。
おしまい。
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