金馬(かなうま)
天草は下島の佐伊津村(現在の本渡市佐伊津町)でのお話です。
少年の大切な愛馬がある日、何者かによって海の中に引きずり込まれてしまう。
根性で少年は正体をつきとめたが、なんとその正体は巨大なタコ。
果たして仇を討つことが出来るのか?

 


 
 ずうっと昔のことです。
 村の北のほうを流れている隅田川は、上在郷、下在郷、寺尾の三つの部落を過ぎると、急に幅も広くなり、ゆるやかなカーブをえがいて、洲崎部落で有明海にそそいでいました。川口は、白砂の洲になっていて、たいへん美しい所でした。目の前に広がる有明海はおだやかで、屋根の形をした談合島(湯島)が、絵のようにうかんで見えました。その向こうには、遠く九州本土がけぶって見えますし、北には、流れの急な早崎海峡をへだてて雲仙岳が美しい山肌を見せていました。
 農家の人たちは、いつも夕方になると、田畑の仕事で泥だらけになった馬を引いて、川口の白州にやってきました。馬をきれいに洗って、一日の疲れをのぞいてやりながら、その日の出来事や、面白い話をかわして楽しいひとときを過ごすのですが、これがみんなのならわしになっていました。

 ある日のことです。寺尾の吾市は、お父さんと連れだって、田んぼの仕事で泥だらけになった馬の青(馬の名前)を洗いに、白州にやってきました。時刻がちょっと早かったせいか、吾市親子の他には人かげがありません。吾市が青が大好きです。栗毛の美しい毛なみをして、見るからにたくましい青。この青のたづなを引いていくのは、とても楽しい吾市の日課でした。
 ごしごし、ごしごし、お父さんは、荒縄で青の泥を落としてやります。そばで吾市は、右手にたづな、左の空いた手で水をすくい上げて流してやります。青の毛なみは見ちがえるほど美しくなりました。気持ちがいいのでしょう。青も目を細め、首すじをのばします。吾市も嬉しくなって、背のびして青の首をひたひたと叩いてやりました。
 その時です。「ヒヒーン!」とつぜん青は高くいなないて、頭をふり上げました。
「あっ!」吾市は、ふりとばされて、バシャーンと尻もちをつきましたが、すぐに立ち上がって、たづなを取り、青の気をしずめようとしました。でも、青は、何かにおびえたように、たてがみをふりみだし、前あしで水をはじきとばしてあばれます。そして、深みのほうに引きずり込まれるように、ずるっ!ずるっ!と後ずさりをはじめたのです。
「どう、どう。」
 吾市は、お父さんといっしょに、必死になって引き止めようとしますが、何かとても強い力で引っぱられ、青は、ずるずる海の中に引きずり込まれていきます。どうすることも出来ません。「ヒヒーン!」悲しそうな青のいななきを最後に、青の姿は波間に消えてしまいました。まったく、あっという間の出来事です。「なんで、青は海にしずんだのだろう。」
「あん強か力は、なんだろう。」
「青は、どぎゃんなってしもたっだろか(どうなってしまったんだろう)。」
 吾市は青がかわいそうでなりません。なんとかしてそのわけを知りたいと、お父さんや村の人々といっしょに、いろいろ調べましたが、さっぱりわかりません。
 
 何日かして、また一頭の馬が、青と同じように海の中に引きずり込まれました。やはり、その原因がわかりません。
「海の神様ん仕業じゃなかろか。」
などと、いろいろうわさをしている間にも、また何頭かの馬が海の中に消えていきました。
 村じゅうに、何ともいえぬ暗い気持ちがただよいました。村は悲しい空気に包まれ、恐さにふるえて、みんな仕事も手につきません。吾市は、
「海の神様ん、ごぎゃんいたずらばしなはるはずがなか(こんないたずらをなさるはずがない)。きっと何かほかのもんにちがいなか。今にみとれ。なんとしてでん(なんとしてでも)探し出して、青のかたきばとってやるぞ。」
と心にちかいながら、いろいろと調べてまわりました。
 そのうち、一つだけわかったことがありました。それは、馬が引きずり込まれる時は、いつも人かげの少ないときで、大ぜいでがやがややりながら、馬を洗っているときは、何もおこっていないことです。
「なんでだろか。」
 今日も吾市は白州に出て、じっと海を見つめていました。ふと見ると、向かいの小高い岬のせんたんに、一本の老い松が海の上をはうように枝をつき出していました。
「そうだ、あそこなら、海の中まで、よう見ゆるにちがいなか。」
 吾市は、松の木の上から、根気強く海を見はりはじめました。
 一日、二日、何事もなく過ぎました。三日も四日も、なにもおこりません。
「やっぱりだめとだろか。ばってん、せっかくだ、まちっと(もうちょっと)がんばってみよう。」
 また二日たちました。七日目のことです。いつものように松の木の上から見はっている吾市の目に、きれいにすんだ海の底が、むくむくともり上がって、なにかうねるものがうつりました。食い入るように目をこらして見ると、もり上がったもののまん中に、ぴかぴかと二つ、鏡のようなものが・・・。そして、そのうねるようなものを、ずっとたどっていくと、
「うわぁ!ありゃ大だこばーい。」
 それはそれは大きな、たこの姿ではありませんか。松の木にしがみつきながら、声を出すのも忘れ、吾市はじっと海面 を見つめました。
 大だこは足をのばして、うねうねと、白州めざしてのびよってきます。砂の色によく似た体の色で、うっかりすると、見失いそうです。波打ち際では、一人の村人が馬を洗っていました。大だこは、馬のいるのがわかるのでしょうか、急に泳ぎを速めました。
 吾市が声をかけるいとまもなく白州に近寄り、皿のように大きな吸ばんをつけた足を、にゅうっと馬の足にからみつけました。吾市たちがしたときと同じように、馬も人もあがきますが、どうすることもできません。ずるっ、ずるっ、ずるっ!とうとう、今日もまた馬一頭が海にのまれてしまいました。
「おのれ、大だこめ!」
 怪物の正体がわかった吾市は、どうしたら退治することができるか、いっしょうけんめい考えました。簡単に、鉾などで突けるような相手ではありません。
「まさか。」といって、はじめは吾市の話を信じてくれなかった村人たちも、しだいに吾市の話に耳をかたむけるようになり、いっしょにいろいろ考えてくれるようになりました。でも、なかなかうまい考えがうかびません。思案に思案したあげく、吾市の考えた方法を、ひとつやってみることにしました。
 吾市は、まず、お父さんら村長さんといっしょに、鍛冶屋さんにいきました。二人の意見をとり入れて、鍛冶屋さんにたのみ、ふつうの馬と同じくらいの大きな金の馬を作ってもらいました。腹の中は空洞にし、耳の横、鼻の穴、口を少し開きかげんにし、腹の空洞と通 じるようにしました。ちょっと不格好ですが、鉄でできた丈夫な馬です。
 村長さんとお父さんは、さっそく自分たちの意見が、うまくいっているかどうか、馬の腹の空洞に焚き木を入れて火をつけました。たきぎが燃えさかるにつれ、鉄の馬の耳の横、鼻の穴、開いた口から、うすい煙が立ちのぼりました。
「大丈夫ばい。それっ!馬ば運べ!」
 えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。できあがった馬は、さっそく、潮の引いた白州に運ばれました。そして、四本の足は、白州に深く打ち込まれた四本のくいに、しっかりと結ばれました。馬の腹の中には、火のついた木炭が、つぎつぎに詰め込まれ、口からうすい煙が立ちのぼるころには、金馬の背や胴は真っ赤に焼けていました。
 吾市たちは、近くの小屋にかくれて、たこが出てくるのを、今や遅しと待ちかまえていました。あたりは人かげはまったくなく、赤く焼けた金馬だけが、ぽつんと立っているばかりです。
 やがて潮が満ちてきました。今度は水に馬のかげがうつり、ゆらゆらと動きます。あたりは、あいかわらず静かで、なんの音も聞こえず、なんの動きもありません。
 小屋から村人が二人出てきました。金馬に近づき、馬の腹を開け、すばやく炭をたすと、大急ぎでまた小屋の中に消えていきました。
 三度目の炭つぎが終わって、しばらくたったとき、「あっ!」静かな海に、波がたちはじめました。たこが馬に気付いたのです。ゆらり、ゆらり、海底をすべるようにしのびよってきた大だこは、いつものように、いぼいぼのついた長い足を、いきなり馬の足にからませました。ぐいっと引いたが、びくともしません。これでもかというように、ニ本、三本と足をからませますが、馬は少しも動きません。いつもとはかっての違うのにあせったのか、ざわざわざわっ!波間をかきわけて大だこは、その大きな頭を海面 にあらわしました。ぴかっと光る大だこの目、小屋の中の村人たちは、その大きいのにふるえあがりました。大だこは、海面 からぐっとのび上がると、のこりの足を全部空にふり上げるやいなや、一気に海に引き込もうと、どさっ!馬の体をしめつけるように、全身で巻き込んでしまいました。ところが、相手は真っ赤に焼けた金馬だったのですからたまりません。「ジュ、ジュウ。」「ブル、ブルッ、ブル、ブル!」

 異様に焼けただれるにおいが、あたり一面にただよったかと思うと。さしもの大だこも、全身をぶるぶるふるわせ、黒こげになって死んでしまいました。
 吾市は、やっと、青のかたきをうつことができました。作戦は成功したのです。
 それからは、村の人たちも安心して、また元のように、楽しく馬洗いができるようになったということです。
 
 そこをいつからか「金馬」というようになりました。後では「金浜」といわれたりしましたが、今では「金丘」と呼ばれています。

 おしまい。


 


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