天狗のかくれみの
八代地方に残る「彦一とんち話」 です。

 


 
 八代の龍峰山を彦一が登っていました。大きな握り飯の入った風呂敷を腰にくくりつけ、50cmぐらいのたかんぽ(竹の筒)を刀のようにさしています。  
 大きな松の下まで来ると、周りを見回しながら大声で言いました。
 「ああ、腹へった。今朝は、朝めしも喰わんできたけん、きつかった。ここで飯ば、くおうかい。」
 彦一は、風呂敷から大きな握り飯を出して、食べようとしました。すると、握り飯が急に手から離れて、ふわっと、どこかへ消えてしまいました。彦一は、二つめを取り上げて食べようとすると、また、ふわっと消えてしまいました。三つめも、消えました。四つめも、五つめも・・・。
 彦一は、そこでゆっくりと立ち上がり、腰のたかんぽを抜き取って、右目に当て、松の枝を見ながら言いました。
 「てんぐどん、てんぐどん、ああたばかりが、どんこんならん。おどんが昼飯ば、全部くうてしもて・・・。おどんな腹んへってたまらんたい。ああ、きつかね。」
 天狗は、びっくりしました。人間の目には見えないかくれみのを着ているのに、彦一の頭の上にいることがわかったからです。
 「彦一どん。おるが、ここにおるこつが、ようわかったね。かくれみのば着とるけん、ぬ しには見えんはずばい。おかしか。ほんなこつ、見ゆっとかい。」  「はあい、天狗どん。よう見ゆっとですばい。ああたは、おどんの頭の上におんなはっとでしょうが。」
 「ふしぎねぇ。おかしかねぇ。人間には見えんはずばってん。どうして見ゆっとかい。」
 「なんのなんの、よう見ゆっとですばい。こんたかんぽは、なんでん見ゆっとですばい。あらっ、わあ、天草で鯛ば釣りよらす。ふとかねぇ。あら、また釣れた。こっちは、阿蘇。ほう、草千里で馬ん走りよる。子馬の走っとは、むごうむぞらしかな。こらあおもしろか。」
 天狗は、かくれみのを着たまま、彦一のそばに降りてきて、うらやましそうに言いました。
 「おい、彦一どん。おれにも見せんかい。」
 「いやですばい。こんたかんぽは、うちん宝ものですけん。やたら、人に貸すわけにゃいきまっせんたい。」
 「たのむけん、ちょっとでよかけん。見せてはいよ。」
 「そんなら、天狗どんの宝もんば、おどんにあずけなっせ。」
 天狗は、たかんぽ見たさに、かくれみのを脱ぎました。彦一は、たかんぼを天狗に渡し、かくれみのを着ました。彦一の姿は、たちまち見えなくなりました。
 天狗は、嬉しそうにたかんぽを右目にあてて、まわりを見はじめました。たかんぽの中は、まっくらです。あわてて目をこすってのぞきましたが、まっくらです。今度は、左目でのぞきましたが、今度もまっくら。
 「おい、彦一どん。こんたかんぽは、なんも見えんばい。どうして見えんとな」
 「天狗どん、そら、ただのたかんぽだけん、なんも見えんとたい。」
 「ばってん、さっきは、おるが松の木におったつが見えたろが。かくれみのば着とったけん、だれにも見えんはずばい。あんときは見えたつだろ。」
 天狗は、まだ、たかんぽを一生懸命のぞいています。
 「ちょっと、天狗どん。めしつぶのぽろぽろこぼれてきたけん、ああたが松の木におんなはることは、すぐわかりましたばい。にぎりめしは、わざとぽろぽろこぼるるごつしときましたたい。」
 「わあっ、しもた。だまされた。こら、彦一、みのばもどせ。もどしてくれ。もどしてはいよ。たのんます。」
 天狗は、しまったと思いましたが、あとのまつりです。彦一の声は聞こえますが、姿は見えません。声は、しだいに山をくだっていくようです。天狗は、がっかりしていましたが、人間に見つかったら大変だと思い、大急ぎで山奥のかくれがのほうにかけていきました。
 さて、天狗のかくれみのをだましとった彦一は、大喜びです。山道をぴょんとこぴょんとこと、とびはねるようにくだっていきました。
 彦一は、かくれみのの効き目を試そうと町に出かけました。見ると、お団子を食べている侍がいます。いつも人をいじめている、いじわるの侍です。
 彦一は、そうっと近づいていきました。侍は、いばって食べていましたが、急に、「あいたっ。おるが自慢のはなひげを引っぱったつは、だるか。いたっ。びんたば打ったやつ、出てこい。こら、おかしか。おるがそばには、だあれもおらん。あらら、いっちょしかくうとらんとに、団子の全部のうなった。ああ、きしょくのわるか。はよもどろ。」
 侍は、あわてて逃げていきました。
 かくれみのの効き目を知った彦一は、今度は、酒屋に入りこみ、酒だるの中に首をつっこんで、腹一杯飲み、久しぶりに酔っぱらいました。それからは、毎日毎日、酔っぱらって帰るようになり、少しも仕事をしなくなりました。
 ある晩、夜なかにぐでんぐでんに酔っぱらってかえった彦一は、かくれみのを布団の上になげ出したまま、眠ってしまいました。これを見た嫁さんは、「仕事はせんで、酒ばかりのうで。それに、こらなんだろか。きたなかみのば、布団の上において。はらんたつ。」と言いながら、かくれみのを庭で燃やしてしまいました。
 目をさました彦一は、がっかりして、残った灰をいじっていました。そのうちに、指だけが見えなくなったことに気づきました。「こらあよか、灰でも見えんごつなる。」と、彦一は、急いで灰を集めました。
 夕方近くになったら、また、酒を飲みたくなりました。彦一は、裸になって、灰を体いっぱい塗りました。すると、彦一の姿は、消えてしまいました。
 彦一は、いそいで酒屋に行って、おなかいっぱい飲みました。そのうちに、眠くなって、いびきをかきはじめました。
 酒屋の主人がおそるおそる見にいくと、大きな酒だるのよこに、口だけが見えます。
 「ははあ、このばけもんばいな。毎ばん酒ばのみよっとは・・・。ようし、見とれ。」
 主人は、太い棒をふりあげると、口をめがけて振り下ろしました。ところが、狙いは外れて、よこの酒だるに当たりました。彦一は、びっくりして目をさまし、あわてて水の入っているおけをけっとばして、逃げだしました。
 町の中を、ぱくぱくしている口と二本の足が走っていきます。うしろから酒屋の主人がおっかけていきます。ひたいが現れ、ほっペたとあご、そして、背中も、少しずつ見えはじめました。みんなは、おもしろがって、ついていきましたとさ。

 おしまい。

 


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