乳の出るぎんなんの木
熊本市戸坂町の昔話。
あるアメ売りの男が自分の軽はずみな行いをつぐなう為に
やったことが、思いがけないよい結果をうんだという話です。

 


 
 熊本駅のすぐ裏手に、花岡山という小高い山が見えます。この花岡山の仏舎利塔にお参りして、北のほうへ坂を下ると、その山裾に戸坂町という小さな町が広がっています。
 そして、この戸坂町に、いつのころからか「もんじゃらみつえもん」という人が住みつきました。
 みつえもんは、井戸掘りの名人で大酒飲みでしたが、子供が大好きでした。井戸掘りのない日は、押し車を押して子供の好きなアメを売り歩いていました。両手には皿を二枚ずつ持って、カチャカチャ鳴らしながら、
「もんじゃらほい、もんじゃらほい。もんじゃらほいのみつえもんあめぇ。」
と、面白く歌うのでした。そして、自分で工夫して作ったという自慢のアメ箱から、おいしいアメ玉 がポンポンポーンと空気銃の玉のように飛び出てくるのです。そのアメを落とさないでうまくすくえた人には、すくった数だけくれるというのですから、たいへんな評判になりました。
 みつえもんは、戸坂町の子供だと聞くと、なぜか、
「銭はいらん。銭はいらん。食べな食べな。」
と、アメをどれだけでもくれるのでした。

 ある日のこと、みつえもんはいつものようにアメを売りながら、戸坂町の地蔵堂の前を通 りかかりました。すると、いつもはお地蔵さんとかくれんぼをして仲良く遊んでいる子供たちが、きょうはどうしたことか、お地蔵さんを荒縄でぐるぐるにしばって、転がしたり引きずったりで、それはたいへんないたずらをしています。驚いたみつえもんは、
「こら!なんてこつばしょっとか(なんてことをしてるんだ)!」
と、雷のような大声で怒鳴りつけました。びっくりしたのは子供達です。今まで一度だって怒ったことのないみつえもんが、ゆでダコのように顔を真っ赤にして怒鳴ったものですから、子供達はみんなドスンと尻もちをついてしまいました。
「あいたたたっ。」
 どっと倒れ合ったのが、ちょうどお地蔵さんの顔の上です。みつえもんは、のどが張り裂けるような荒々しい声で、
「ああっ!尻もちば、お地蔵さんの顔に!ばちかぶるぞ(ばちがあたるぞ)!」
と、叫びました。子供達はますますどぎまぎして、みつえもんの顔をうかがいながら恐る恐る立ち上がりました。すると、お地蔵さんは笑いながら、
「みつえもんよ。なにをそんなに怒るのじゃ。わしは子供達にいたずらをされるのが嬉しいのじゃよ。よい、よい。」
 そう言われると、やさしいまなざしで子供達をじっと見つめられました。縛られ蹴飛ばされ、殴りつけられながらも、その子供達に情けをかけられるお地蔵さんの、やさしい心が、みつえもんの胸にひしひしをせまってきました。
 けれども、子供達には、お地蔵さんのやさしい心が通じなかったのでしょうか。それからというもの、みつえもんのそばにも、お地蔵さんのところにも、だれ一人遊びに来なくなってしまいました。
 寂しそうに、お堂の中でひとりぼんやりしていらっしゃるお地蔵さんを見て、みつえもんはたいそう気の毒になり、自分の軽はずみな行いが悔やまれてなりません。なんとかして元通 りに子供達と遊べるようにしてあげなくては・・・。そう思う日が続きました。

 秋祭りも終わったある寒い冬の朝でした。みつえもんはなにを思ったのか、地蔵堂の前に、井戸のように深くて大きな穴を掘りました。そして、箱の中からアメ玉 を取り出すと、九千九百九十九個のアメ玉を、一度に、ポンポンポンと投げ込みました。そうして、その上にぎんなんの木を一本植えました。やがてぎんなんの木はぐんぐん成長して、幹の真ん中が二つに割れ、そこからお母さんの乳房のようなものがいくつも垂れ下がってきました。みつえもんは、さっそく、
「珍しいもんが出来ました。どうぞ、おあがりください。」
と、その乳房の一つをお地蔵さんにあげました。
 ところがその夜、みつえもんは、不思議な夢を見ました。
 ひとりのお母さんが、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて、しくしく泣いているのです。
「どうして泣きよるとですか?」
 みつえもんが心配そうにたずねると、そのお母さんは、
「はい、どうしたことか。わたくしには、お乳の出らんとですたい。どうぞこのぎんなんのお乳ば、
分けてくださいませ。」
 そう言うと、そのお母さんの姿はすーっと消えてしましました。
 みつえもんは、はっとして、すぐに起き上がると、明け方の地蔵堂へかけて行ってみました。するとどうでしょう。確かにあげておいたはずのぎんなんの乳房がありません。でも、そのかわりに、こんぺい糖、らくがん、ようかん、せんべいなどのおいしいお菓子がいっぱい供えてありました。
 みつえもんは、さっさく、戸坂町の子供という子供を呼んで、そのお菓子を分けてやりました。
 この話は間もなく村から町へ、町から村へ伝わって、お乳の出ないお母さん達が、赤ちゃんを抱いて、毎日のように、地蔵堂にお乳をもらいにおしかけました。すると、
「うわあ。きょうも乳もらいさん達の、たくさん来とんなはるねえ。」
と、子供達はそう言って、また地蔵堂へ集まって来るようになったそうな。

 おしまい。

 


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