不動様と権現様
この話は、熊本県の北部、山鹿市の不動岩という
とてつもなく巨大な岩と三岳の権現山にまつわる昔話です。

 


 

 菊池川の霧が晴れ上がり、北の空に五色の雲がなびき、日本画のような美しい朝です。
 蒲生の堤に遊んでいた渡り鳥達も、賑やかに鳴きあいながら森へ帰る群れをつくりはじめていました。麦を踏むお百姓の姿もちらほら見られる、まったくのどかな冬びよりが訪れました。
 仁八じいさんは、長いキセルで刻みたばこをくゆらしながら、北の空を眺め、きょう一日の仕事を考えていましたが、どうやらまとまったらしく、キセルをタバコ入れの蓋に、コツコツと当てると、プーッと一息吹いて立ち上がりました。
 ちょうどその時、たなびいていた雲がゆらゆらと眩しく輝きました。「おやおや。」と、目をこすった仁八じいさんの目に写 ったのは、長い着物の裾をひらひらとなびかせて天から降りてくる女神様の姿でした。しずしずと蒲生山に降りてこられたかと思うと、どこからともなく静かな音楽が聞こえ、白いもやがあたり一面 にただよいだしました。
 何ごとが起こるのかと、まばたき一つしないで見つめていた仁八じいさんは、もやといっしょに再び舞い上がっていく女神様の後ろ姿を見送っていました。もやも女神も、一つの白いかたまりになって、いつの間にか青く深い大空に吸い込まれてしまいました。なんだか夢を見ているようでしたが、そのとき目の前に、ふっと大きなものが立ちふさがりました。
 それはそれは、天にも届くような大男が二人、ぬっと現れたのです。きっと、あの女神様が連れてこられたのでしょう。仁八じいさんは村人達に知らせようと走りかけましたが、あまりの大きな声にぎくりとして立ち止まりました。
「やあ、不動様。どうぞよろしく。」
「おお、権現か。よし、よし。」
 二人の会話のぐあいでは、どうやら兄弟の神様のようでした。二人の神様は、岩野川を挟んで、東に不動様、西に権現様と別 々に住んでいました。この神様は、二人ともたくましく、いかにも強そうで元気にあふれていました。ふたりが歩かれるたび、鹿本地方には地響きが起こり、大声に驚いて、猿や猪が慌てて飛び出しました。しかし、仁八じいさんをはじめ、たくましい神様のお出ましを喜び、平和な村になることを祈り、供え物などをして崇めました。
こんどん神さんな強かごたるな(今度の神様は強いみたいだね)。」
こっで、悪もんのきたっしゃ大丈夫ばい(これで、悪者来ても大丈夫だ)。」
 事実、それからの二。三年は、よそから敵が攻めてくることもなくなり、村で強がりを言う人もいなくなりました。
 ところが、この神様たちに変な噂がたちはじめ、村人達の耳にも伝わってきました。
「おい、あん(あの)不動さんな女神様の本当の子で、権現さんな本当の子じゃなかていうこつばい(本当の子ではないということだよ)。」
「そうかもしれん。不動さんの着物と権現さんの着物は、だいぶ違うもんな。」
「不動さんな、毎日赤めしに鯛らしかばい(らしいよ)。」
「権現さんな、大豆かヒエの飯に納豆てたい(だそうだよ)。」
 仁八じいさんも、この話を耳にしてから、二人の神様を気をつけて見るようになりました。毎日見ているうちに、どうも噂が本当のように思われてきました。この世の中にありがちな継子いじめが、神様達の暮らしの中にもあるのだな。それにしても、あの美しい女神様にそんな心があろうとは思えません。
 そのうちに、二人の神様は、だんだん大きくなりました。そして、こんな噂が広がるのといっしょに権現様を可哀相に思う村人達は、権現様への供え物を増やしていきました。

 ある日のこと、女神様は、村の様子や成長した二人の神様を見て、「力比べをさせてみよう。」と考えました。女神様の胸の中には、「お腹をすかせた権現が弱くて、丸々と太った不動に負けてしまうだろう。そしたら、自分は何も心配いらない。」と気持ちがありました。
 そこで、いよいよ二人の神様の力比べの首引きをなさることになりました。二人の首には、直径二十センチメートルもあるような、太くて丈夫な縄がかけられました。雲の上から、女神様の家来が赤や黄色の布を振って、
「用意、始め!」
の合図をするのといっしょに、二人の神様は満身の力を込めて、
「エンヤ、エンヤ。」
と引き合いました。村人達はもちろんのこと、周りの野山の動物達も、我を忘れて応援を始めました。
となりの菊池や玉名の人たちも、奇妙な物音で戸の外に飛び出しました。
 権現様は、かねてまずい食べ物で暮らしてきたとはいえ、どんな苦しい目にもあっているのでいざとなると強いもの、顔に青筋をたててふみこたえる。地面 は震え、かけ声がいつの間にかうめき声に変わってきました。
 勝負がつかずに一時間も過ぎた頃です。応援にくたびれた仁八じいさんが水を飲もうとひしゃくを取った、そのとき、
「ゴギーッ。」
という音がして、不動様の首がゴロリと蒲生山の東側にころげ落ちました。
「ザーッ。」
 この首の切り口から、真っ赤な血が出るわ出るわ、そこら一面みるみるうちに血の海となり、村人達も、けもの達も、血に流されまいと、慌てて家へ、森へと逃げ帰りました。
 力比べに勝った権現様もさすがに力つきて、ぐったりとその場へ座り込んでしまいました。雲の上から不動様に声援を送っておられた女神様の姿も、輝く雲も、いつの間にか消え、木の葉だけが冷たい風にゆらいでいました。

 それから長い年月を経て、不動様は硬い硬い岩となり、蒲生の山の中腹に今なお天にそびえたっています。胸にあたるところをよく見ると、首引きのときの血で赤く染まっています。麓の村の田畑の土は、その時の血で今も真っ赤です。また、山鹿から菊鹿へぬ ける峠には、大きな岩がありますが、それが不動様の首にあたるということで、誰言うともなく「首石峠」とよぶようになりました。
 なお、首引きのとき、二人の神様が満身の力を込めて踏まえられた山があります。あまりの力に、山全体がゆらゆらと揺らいだということで、今は、その山の名を「震岳(ゆるぎだけ)」とよばれ、頂上には首引きのときの縄のあとで窪んでいるそうです。また、権現様も、山鹿市の津留に権現山と化し、体を横たえています。

 おしまい。

 


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