「ある日、容疑者に」
平成13年晩秋、僕は容疑者になっていた。もちろん身に覚えのないこと。
ある日、いつものように起きたが、ちょっと遅めに出勤しようとした朝。
そうそう、ちょっと前まではバイクで通勤していたのだが、壊れていて乗れないので乗用車での通勤。この、バイクが壊れている、というのが後に重要なポイントになってくる。
いつものように車に乗り込み、道に出ようとした瞬間、それを拒むかのように一台の白い車が道に停まり、行く手を遮った。
「なんや、はよう行こごたって、邪魔くしゃー車ばい。(何だ、早く行きたいのに、邪魔くさい車だ。)」
中には3人の男が乗っていた。うちの家の前は見通しが良いので、たまに車の乗り降りをする人がいる。たぶん今回もそんな人たちだろうと思った。そして早く退いてくれとも。
しかし、中に乗ってる男たちはこちらをじっと見ている。
「うわぁ、なんか変な奴らばい。」
そのうちの2人が降りてきた。
「やべぇ、朝から何か変な人にからまれた。どぎゃん(どう)しよう。」
僕の車の運転席の窓側に2人が立ち、何かを言おうとしている。しょうがないので、僕は窓を開けた。
男「入江(本名)さんですね?」
僕「はい。」
男「南署(熊本市内にある警察署)から来ました。」
そして、男は僕に警察手帳を見せた。なんと、男たちは刑事だったのだ。
刑事A「もうわかりますね?」
僕「は??」
何を言ってるんだこの人たちは・・・何がわかるっていうの・・・?僕の頭の中は「?」でいっぱいになった。
刑事A「きょうはちょっと今から南署に来てもらいます。」
僕「ちょっと何ば言いよっとですか?俺が何ばしたですか?何も身に覚えのなかですけど・・・」
刑事A「よかけん(いいから)来てください。入江さんの車でよかですけん(いいですから)。」
僕「はぁ〜??何で行かなんとですか?俺が何ばしたとですか?」
刑事A「今はちょっと言えんですけど、車に乗ってから話しますけん。」
もの凄い自信ありげの刑事たちの顔を見ているうち、ひょっとしたらどこかで何かやらかしたのかも?とさえ思ってしまった。
そして、頑としてゆずらなさそうな”何としてでも来てもらう”という刑事たちの勢いと迫力に負け、僕はしぶしぶ南署に向かうことになった。
僕の車の助手席に先ほどの男、刑事A。後ろにもう一人の男、刑事Bが乗り込んだ。逃げないように、との措置なのだろう。
刑事たちが乗ってきた白い車の後をついて行きながら、このままでは納得いかないし、車に乗ってから僕が何をしたのか話すと言っていたので、同行を求める理由を聞いてみた。
僕「それで、俺が何ばしたっですか(何をしたんですか)?」
刑事A「実はあなたにひったくりの容疑がかかってます。」
僕「何てですか??ひったくりてですか??(笑)」
刑事A「そぎゃんです(そうです)。夏に尾行ばしよったと(をしていたのを)、気が付いとったでしょ?」
そういえば、夏の終わりに僕は変なバイクに尾行されたのを思い出した。出勤するとき、僕は信号待ちをしなくていいように、変則的な裏道を通って通勤するのだが、200mほどつかず離れずでその同じ変則的な道でついてきたバイクがいたのだ。
僕「ああ、あのバイクですか?あれ、尾行だったとですか?」
僕は仕事先で「きょう朝からおっさんにストーカーされた」と笑いのネタにしていたのを思い出し、苦笑いした。ストーカーではなく、刑事だったなんて。
刑事A「尾行された後、1時間ぐらいバイクば見よった日があったでしょ?なんか細工ばされちゃおらんどかて(細工をされてはいないかと)見よったとでしょ?最近は感づいて用心深くバイクも乗りよらんごたるし(乗ってないみたいだし)。」
僕「ああ、あの時はバイクの調子の悪かったけん整備しよったとですよ。それに今はバイクの壊れとるけん乗らんとですよ。」
でも、全然ハナから信じてない様子。
刑事A「あと、張り込みしとったとも分かったでしょ?」
それも思い出した。家の近所で中年の男女が車に乗っていて、僕がバイクで行く様をじっと見ていた事があったのだ。そのうちの女性の方が被害者で、その時僕が犯人に間違いないと証言したらしい。
僕「何ですか、俺がバイクか何かでひったくりばしたことになっとるとですか(なっているんですか)?(笑)」
刑事A「そぎゃんです(そうです)。100%じゃなかばってん(じゃないけど)、ほぼ間違いなかです。」
僕「何ば言いよっとですか(大爆笑)俺がそぎゃんこつば(そんなことを)するわけなかでしょ。」
刑事A「いやいや、犯人は最初は大概そうやって言うんですよ。やってない、て。それが警察署に着いたら認めんといかんごつ(いかないように)なるとです。」
僕「そらぁ、濡れ衣もよかとこ(いいところ)ですよ。じゃあこっちは100%犯人じゃなかて自信あっですよ(ありますよ)。」
刑事A「いや、間違いなかておもとります(ないと思っています)。」
僕「何ば証拠にそぎゃんこつば(そんなことを)言うとですか?」
刑事A「ヘルメットと服装、体格、ナンバーが似とっとですよ。」
僕「そぎゃんこつで(そんなことで)俺が犯人て思うとですか?そらぁ全然勘違いですよ。大体、ひったくりなんかしたことなかし、身に覚えのなかですもん。」
刑事A「それと、きょうは被害者に見てもろて(もらって)、その後手錠ばかけるつもりですけん、そのつもりでおって(いて)ください。」
なんて勘違いな刑事たちだ。手錠までかけるつもりだなんて・・・呆れるというか、僕はおかしくて笑いをこらえるのに必死だった。が、それと同時に全然身に覚えのないことなので、”犯人じゃない”というもの凄い自信と安心感がわいてきた。
僕「なーんだひったくりの容疑かぁ、まあいいか、すぐに容疑は晴れるし。」
そうやって、犯人だの犯人じゃないだの言いあったり、僕が行かないと仕事が始まらないことを思い出したので、仕事先に電話をしてもらえるようにお願いしているうちに南署に着いた。
署内に入ると、まず2階の「捜査○課」とかいう、いわゆる刑事部屋に通され、奥の取調室に連行された。
取調室は4つか5つほど部屋が並んでおり、入り口にはマジックミラーの小窓、上には「取調室 1」「取調室 2」と書かれたプレートが貼ってあり、テレビで見るのとほぼ同じだった。
全くの冤罪なので、かなりの余裕で「おお〜っ、これが取調室か〜っ、へぇ〜」、と珍しがっていると、先ほどの刑事Aを入れ替わりに刑事Bがやってきて、「きょうはここから被害者に面通しします。」とマジックミラーの説明をして、僕を「取調室 3」の中に通した。
中はかなり狭く、粗末なデスクが大小2つとイスが3つ。そして奥のイスに座るように命じられ、奥のイスに座った。
刑事B「もうあと10分くらいで被害者が来られるので、もうちょっと待っとってください。」
きょろきょろする僕。
僕「テレビで見るのと同じですね〜。」
刑事B「いや、ちょっと違うでしょ。ほら電気スタンドがなかでしょ。」
たしかにテレビで見る、「おまえがやったんだろうが!!え!!どうなんだ!!」と犯人に白状させるとき浴びせる強力に眩しいライトが無い。じゃあ、カツ丼は出ないんですか、と聞いたら、やっぱり出ないと答えられた。なんだ、残念だ。
そんなこんなで話をしてみると、今度の刑事B、妙に優しい。「あなたは犯人じゃないです。目をみたらあなたは犯人じゃないと分かった」とか「長年の勘で分かるんです。安心していいですよ」とか言う。その時は安心していたのだが、後々で聞いた話では刑事はきびしい役と優しい役がコンビを組み、最初脅かしておいて、その後優しい刑事で犯人に自供を促す作戦があるらしく、その時は刑事Aがきびしい役で、刑事Bが優しい役だったみたいだ。
その優しい役の刑事と雑談をすること15分あまり、そろそろ被害者が来てもよさそうなのだが、いっこうに来ない。
遅いですね、と言うと共に、仕事先には電話してもらえたか?と確認をとっているうち、急に先ほどの刑事Aがやってきて、被害者の子供が事故を起こし来られなくなった、それと同時に大きな事件が入って応援に行かないといけない、だから今日は帰ってもらって結構、と言う。どうも怪しい。そういえば、さっき入り口にいた別の刑事が腕で大きな×を作って向こうの大部屋の方にいる刑事に合図を送った直後のことだし、怪しい。
そして、帰ろうとすると、また来てもらう事になるからと言われたので、連絡用に僕の携帯電話の番号を教え、すぐに仕事先へ向かった。
仕事先に着くと、なぜかすごく心配された。「体はどうもないか?」「ケガはしてないのか?」など聞いてくる。実は、警察は僕が事故を起こしたので遅くなると嘘の電話をしていたのだ。
この日の容疑者にされたという事件をいろんな人に話すと、その話したうちの一人の奥さんが僕が警察に急に帰された理由をこう分析した。
僕が被害者を待っているとき、被害者は既に来ていて、こっそり面通しをしたが違っていた。警察にもメンツがあるので、僕のような若造に謝るなんてことは出来ない。その上、誤認であったことを認めるとどんなことを言われるかわからないし、名誉毀損で訴えられかねない。なので、適当なことを言って、僕を帰したのだと。
なるほど、それには激しく納得した。が、あの時、再び被害者が適当に「あの人です!」みたいな事を言っていたら?と考えるとゾッとする。
恐らく、「お前が犯人なんだろう!」とかしつこく言い、拘留し、精神的に追い込み、嘘の自白をさせられたかもしれないだろう。
その後、一応相談しておいた方がいいだろうと、その奥さんの紹介で弁護士に相談に行き、何かあった時は弁護をお願いすることにした。
あと、忘れていたことだが、逮捕状がなくて任意同行の場合はどうしても行かなくていいということを改めて聞いて、今度警察にひったくりの疑いで呼ばれても二度と行くもんかと思ったりした。
それにしても弁護士はかっこいい!「今から勉強したら弁護士になれるかな?」とちょっぴり憧れた。
知人や友人は名誉毀損で訴えた方がいいというが、事を大きくするつもりはない。
だが、誤認で捕まろうもんなら名誉毀損で訴えるつもりだ。再び警察署に呼ばれ、激しく追求され精神的に追い込まれようとも、絶対に嘘の自白はするつもりはない。
そして最後に、色々考えてみて、警察が僕を容疑者にした理由がある程度わかった。
たぶん、こんなことだろう。
まず、犯人を捜していたら、偶然似たヘルメットを被った、偶然似た体格、服装のバイクが通った。
「ああっ!あいつだ!間違いない!被害者の証言と一致する!」、で、尾行。
捜査を進めているうちに、またひったくり発生!その犯行時間、僕のバイクが家に無い!「むむっ!ようし、ちょっと尾行してみるか。」
ある日、尾行してみると、さすが犯人の警戒心は敏感なのか、尾行しているのがバレた!
その頃、ちょうど僕のバイクの調子が悪くなり、しょっちゅう整備することになる。
「バイクを注意深く見ているぞ!かなり警戒しているみたいだ!」
ようし、今度は被害者に確認だ。「来ましたよ、あのバイクですか?」「はい、そうです。」「あっ、またバレた!やっぱりあいつが犯人だ!」
その後、僕のバイク、とうとう壊れる。
「バイクに乗らなくなったぞ!間違いない!警戒しているんだ!」
「被害者の証言も取れた、ヘルメット、体格、服装、ナンバー、挙動、間違いなく犯人だ、捕まえるぞ!」 となったのだろう。
はぁ〜??あんたたちゃ、そんな簡単な証拠で手錠をかけるつもりだったの?江戸時代の岡っ引きか?
たしかに状況からして僕が一番犯人っぽいが、なんともひどい捜査である。
ドラマ等で無実の罪で捕まる人を見るたびに、自分もあんな風に捕まったら面白いな、と不謹慎なことを思ってたら、本当にそんな風になってしまったので正直驚いたが、まあいいや、ほんと、一生に一度あるか無いかの面白い話のネタを手に入れたことだし。
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