「ネコの死に場所」
ネコという生き物は、自分の死ぬ姿を飼い主に見せないらしい。いつの間にかいなくなり、どこかでひっそりと死ぬらしい。
死にゆくネコはどこでひっそりと死ぬのだろう。
古くからの友人の飼いネコは、やっぱり突然いなくなって、それっきり帰ってこなかったそうだ。ある知人から聞いた話では、その人の飼いネコは家の物置きの段ボールの中で死んでいたそうだ。
平成12年の冬、うちの敷地に1匹の年老いたネコが住みついた。全体的に白い毛、耳だけが黒いネコ。
寒空の下、最初は、ただそこにいるだけだと思った。玄関からバイクまでの通り道、竹やぶの枯葉が積もっていてなんとも暖かそうな場所に、丸くなって少しでも寒くないように太陽にあたっていたのだ。そのネコには見覚えがあった。近くの借家に出入りしているネコだ。しかし、その借家はつい先日取り壊され、寝床が無くなり、うちに来たのだろうか?そんなことを考えつつ、この日は「あ、ネコだ。」と思っただけで、せっかく気持ちよさそうに寝ていたので、起こさないようにそっと通り過ぎ、バイクに乗った。
しかし、明くる日も同じ場所に丸くなっていた。次の日も、次の日も。そして次の日も。時折、逃げたり竹やぶに隠れたりしていたが、幾度となくそっと通り過ぎるだけの敷地の主人、すなわち僕に警戒心を和らげたのか、いつしかネコは2匹になっていた。まあいいや、別に悪さをしたり、庭を汚したりするわけでもないし。新しく来たネコは、まだ若く、車でいうところの「ツートンカラー」。背中が茶色で、足まわりが白。2匹は大概は一緒いるのだが、たまに茶色の方がいない。まだ若いだけに忙しいのだろう。そして、夜には2匹ともいなくなる。やっぱりネコは夜行性なのだ。
ネコが、うちに昼間だけだが来るようになってしばらくたったある日、新しく来たネコが来なくなった。若いので行動力があり、新たな寝床を確保したということだろうか。飼っていたわけではないのだが、ちょっとさびしい気持ちになったのを覚えている。
それにしても白い方(飼ってはいないので名前はないのだ)は相変わらず竹の枯葉の上に毎日毎日座って眠っている。なんと雨が降っててもそこにいるのだ。さすがに土砂降りの日はいないが。敷地内には物置きがあり、そこへ入って雨をしのいでもらっても構わないのだが、話が通じるわけもなく、ある時傘を持っていったが、すぐに逃げられた。
時には逃げられ、時には起こしてしまって睨まれたり、同じ敷地に住んでいながらも、決して心の通う事のない変な関係は数カ月続いた。
平成13年の春。
かなり僕に慣れてきたのか、ネコは物置きに住みつき、置いてある布団を寝床にするようになった。それと共に、だんだん情がわきはじめた。だが、それは抑えた。くどいようだが、飼っているわけではないのだ。名前もつけないし、餌も与えない。あくまでも勝手に住んでる居候と、それを黙認する敷地の主人。ただそれだけ。
しかし、そんな関係は長くは続かなかった。ネコがかなり弱ってきたのだ。昼夜を問わず眠っていることが多くなったし、目には生気がなくなり、毛もかなり抜けてきている。
そして暖かい日が続くようになった6月、ネコはいなくなった。
死んだとは思いたくないのだが、あれから近所でも見かけないし、弱っていたので、そう思わざるを得ない。仮に死んだとして、僕に死にゆく姿を見せなかったいうことは、名前も餌も与えなかった僕のようなヤツを飼い主だと思っていてくれたのであろうか。そんなことを考えていると、とたんに切なくなった。
平成13年9月、まだそのネコが寝ていた布団は物置きにそっと置いてある。ちょっとまん中がへこんだ布団が。
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